第6話 領内格差

収穫の時期を迎えてヴァルハラ領に存在する五つの農村の地主から嘆願書が届いた。

「なになに?今年も麦は不作です。貧しい民を救うために、なにとぞ年貢を軽くして下さいって?仕方ないわね。私たちが我慢することで、みんながお腹いっぱい食べられるようになるなら……あたっ」

久々にサクセスのチョップをくらい、エリザベスは悲鳴を上げる。

「アホか。こんな戯言を信じるな。こんなの、季節の挨拶みたいなものだ」

「……でも、実際に領の麦の収穫量は減っているじゃない」

頭をさすりながら、エリザベスは口を尖らせる。

「麦の収穫量が減っているのは不作だからじゃない」

「どういうこと?」

農業の現場で何が起こっているかわかっていないエリザベスに、サクセスはため息をついた。

「仕方がない。現実を見せてやる」

サクセスはエリサベスをつれて、炊き出しをやっている町の教会にやってくるのだった。


「ねえ、どうしてこんな格好をしないといけないの?」

エリサベスが不満そうな顔をしている。彼女はいつものシスター服ではなくて、貧しそうな農民の格好に着替えさせられていた。

「聖女だってすぐわかる格好していたら、炊き出しに集っているやつらの本音を聞けないだろ。いいからこい」

サクセスは嫌がる彼女を連れて列に並ぶ。長い間並んで、ようやく順番が回ってきた。

「ほら、感謝しなさい。聖女様のおかげであなたのようなろくでなしが今日の食事にありついているのですよ。跪いて礼をしなさい」

ボランティアで参加しているシスター=エリザベスにあこがれる町の娘が、偉そうに恩着せがましく小さなパンと一杯のスープを渡してくる。

「そんな言い方しなくても……」

ぞんざいに扱われてムッとなるエリザベスの頭をサクセスが押さえつけて、下げさせた。

「ありがとうございます。聖女様のおかげでいつもパンが食べられます」

「……ありがとうございます」

エリザベスはサクセスに従って、しぶしぶ頭を下げる。

「わかればいいのよ。さっさと行きなさい!」

そのシスターは手を振って、二人を追い出した。

サクセスとエリザベスは教会を出ると、もらった小さなパンとスープを食べてみた。

「なにこれ?パンは固いしスープは薄いわ」

「当たり前だろ。炊き出しとはいわば無料奉仕だ。そんなに美味しいモノがでるわけないだろうが」

「それに量も少ない」

エリザベスの腹が鳴る。まだ朝ごはんも食べてないのに、無理やり連れ出されていたからだった。

「こんなのじゃみんなも足りないでしょう。手伝ってくれているシスターに、もっと量を増やすように言いましょうか?」

パンとスープを食べたら、できるだけ体を動かさないようにと広場に集まって寝ている難民たちを見て、そんなことを言い出した。

「お前が命令したって、ないパンは配れないんだぞ。一人の配給量を増やしたら、飯が食えない奴らがでるだけだ」

「うう……そうかぁ」

正論を言われて、エリザベスはしゅんとなる。

「もっと前向きに考えろ。皆がこんな小さなパンしか食べられないのはなぜだ?」

「それは……麦の収穫量が落ちて、年貢が下がっているから。ひっ、ごめんなさい」

サクセスが手を振り上げたので、またチョップされるかと思って頭を抱える。しかし、サクセスはエリザベスの頭をよしよしとなでた。

「正解だ。次にその原因は?」

「麦の不作が続いているから……あたっ!」

油断した隙にチョップされ、エリザベスは涙目になる。

「阿呆。麦の不作の一因は、この施しにあるんだ」

「なんでよー!シスターたちは貧しい人たちを救うのに、頑張っているのに!」

エリザベスが不満そうに口をとがらせる。

「あの女たちは、お前を煽てて施しをさせ、チヤホヤされたいだけさ。だけどそんなのはどうでもいい。施しをすることで、難民たちに働く気を無くさせているんだ」

サクセスは広場に寝転がっている難民たちを指差す。彼らは楽しそうに談笑していた。

「ここは本当に天国だ。もうあのブラック農場には戻りたくねえ」

「まったくだ。貧しくても飯が食えて遊んでいられるしな」

彼らは今の気楽な境遇に満足しているようだった。まったく困っている様子がないので、エリザベスはショックを受ける。

「残っている難民は、この領のほかの村から逃げ出した元小作人たちだ。お前が施しをするから、奴らが農場で働かなくなった。人手不足になれば、麦の収穫量も落ちるさ」

「そんな!彼らが住む場所を無くして困っているから、足りない年貢の中から苦労して施しの分を捻出したのに」

自分の行いが原因だったといわれて、エリザベスはどうしたらいいかわからなくなった。

「その一番最初の「彼らがすむ場所を無くした」のは何故か考えてみろ。まあ、これはお前だけのせいじゃない。平和な時代が続いた続いたせいで起こった問題が、今この時代になって表面化したんだ」

「平和のせいで起こった問題?」

エリザベスはわけがわからないといった顔をする。

「いいか?お前の先祖の聖女と、俺の先祖の商人がこの辺境の地に追放……じゃなくて領地をもらってヴァルハラ領を作った。その当初は、住民になってくれた民たちに公平に土地を分配したはずだ」

「うん」

領の歴史を確認されて、素直に頷く。

「本来は農民間での土地の売買は禁止されているよな。みんなが平等に生活できるようにと。しかし、その後長く平和な時代が続いたせいで、収穫が多く続いた者と収穫が少なくなった者に分かれた。その結果、どうなったと思う?」

「ええと……収穫が多かった人が、少なかった人に分けて……」

サクセスは、エリザベスの甘い理想論を否定する。

「違う。収穫が多かった者たちは、少なかった者たちに貸し付けたんだ。彼らが耕している『土地』を担保にしてな。それで返せなくなったら、容赦なく取り上げた。土地を取られた者たちは、仕方なく年貢に加えて土地の使用料まで払わなければならなくなった。

これが地主と小作農の始まりだ」

あまり貨幣経済が浸透していない地域では、財産の蓄積は「土地の所有」に向かう。それがますます領内の経済格差を拡大させ、地主たちは村で権力をもつようになった。

「地主たちは自分の土地で働く小作人から容赦なく搾取する。苦しい生活に疲れた小作人が、町にいけば領主から施しを受けられると聞いたら、どうする?」

「あっ!」

ようやく理解できて、エリザベスは小さく声を上げる。

「小作人が逃げ出して農場での働き手が減る。そうなると麦の生産量が減る。それを取り返そうと、地主たちは搾取を強め、そうなると小作人が逃げる………悪循環だ。この輪を断ち切らないと」

サクセスの声には、長年続いた社会構造そのものを変えなければいけないという決意が浮かんでいた。

「対価を求めない施しは、相手を堕落させるということだな。奴らは働けない小さな子供じゃない。俺たちがすべきことは、施しを与えて領民を甘やかすことじゃない。奴らが自分でちゃんと働いて飯を食えるような環境を整えることなんだ」

「……でも、どうすれば?」

エリザベスの声には不安が現れていた。

「社会構造とは、現在の体制のこと、つまり『既得権益』だ。それを崩すには『理不尽』の手段を使うしかない。それはお前の役目じゃない。ここから先は口を出すな。結果だけを見ていろ」

サクセスは見たこともないような厳しい顔をしている。エリザベスはその迫力に押されて頷くのだった。


サクセスは、職人と兵士になった者たちが抜けてかなり数が減った難民たちの所にやって来ていた。

意欲がある者たちが仕事についても、彼らは相変わらず危機感を感じることなく施しに群がっている。

「聖女様万歳!ありがとうごぜえますだ!」

ただ聖女を褒め称えるだけで食事がもらえる。この安楽な生活に慣れきっていた。

そんな彼らの前に、ヴァルハラ領の家宰を名乗る少年が現れる。

「皆に伝える。来週から炊き出しは廃止する」

その少年はヴァルハラ家の印璽が押された公文書を広げ、無情な宣言をした。

たちまちシスターや難民から非難の声があがる。

「ふざけるな!俺たちにどうやって生きていけって言うんだ!」

「そうよ!何が家宰よ!ただの金貸しの癖にでしゃばらないでよ!」

サクセスはその非難も予測していたようで、静かに片手を上げる。すると、大男に率いられた兵士たちの一団が現れた。彼らは弓や剣で武装している。

「お前たち、大人しくしろ。もし騒ぎを起こすようなら、この領から追放する」

指揮する大男、ガラハットは騒ぐ難民たちに対して威嚇した。武力を見せ付けられて、シスターたちは沈黙する。

「お、お前たち、仲間を傷つけるつもりか!」

難民たちは哀れっぽく、元は同じ難民だった兵士たちに呼びかける。

「仲間?一緒にするな。いつまでも施しがされると思っていたお前たちが馬鹿だったんだ。今まで何度もチャンスはあったはずだ。仕事に就くと行って出て行った俺たちを、馬鹿な奴だって笑っていたのはどこのどいつだ」

サクセスの誘いにのって職人や兵士になることを選択した元難民たちは鼻で笑う。

「仕事をする気がある難民は、わが領の領民になることを認められた。ただ飯を食って寝ているだけの怠け者はこの領にはいらない。今すぐ出て行くがいい」

そう言われて、難民たちは土下座して訴える。

「か、勘弁してください」

「俺たち、ここを追い出されたら行く場所がないんです。今更元の農場に帰れないし……」

それを聞いたサクセスは、にやりと笑って言い放つ。

「元の農場に帰れるなら、戻ってもいいってことか?」

そう聞きかえされて、難民たちは顔を見合わせる。

「そりゃ、他の土地に行っても生活できないし……」

「ここを追い出されたら、餓死か魔物の餌になるだけだし。それならたとえブラック農場といえど……」

そう言質をとったサクセスは頷く。

「いいだろう。お前たちを農場に帰してやろう。ただし、ヴァルハラ家の領地支配に協力してもらうぞ」

そういうと、難民たちをそれぞれの出身地ごとに分けるのだった。



ブタミントン村

ヴァルハラ領の中心町より離れた所にある村には、隣の領であるアーカス子爵領からの商人が訪れていた。

「今年も麦を分けてもらうぞ」

「それは、お前たちが持ってくる貢物しだいだな」

でっふりと太った村長が傲慢に言い放つ。商人は顔をしかめながら要求を聞く。それらは酒や砂糖などのぜいたく品、布や糸などの裁縫道具、金属製の農具など、村では作れない品物が並んでいた。

「いいだろう。今年も収穫した麦を持っていけ」

品物を確認して村長はニヤリと笑う。彼がやっていることは麦の横流しである。麦の収穫高をわざと過小に申告して、差額をヴァルハラ家の息がかかってない他の領の商人に渡していた。

そのツケは彼の元で働いている小作人に負担となってのしかかっていくのだが、彼にとってはどうでもいいことである。

「ぐふふ。これを村の地主たちに分けてやれば、ワシの村支配は安泰だ。もっともっと小作人から絞り上げてやる」

ご満悦な村長だが、実は自分も搾取されていることに気づいていない。彼に渡された品物は、実は王都ではありふれたもので要求される麦の1/10ほどの価値しかなかった。

内心の軽蔑を隠して、商人は村長に忠告する。

「えげつないな。ほどほどにしておかねえと、小作人から一揆を起こされるぞ」

商人の言葉を聴いても、村長は余裕だった。

「心配ない。馬鹿な領主が施しをしているおかげで、奴らは反抗するくらいなら逃げるほうを選ぶだろう。ふふ、聖女とよばれ煽てられているが、所詮は小娘、まともな領地の経営なんてできるわけがない。ちょっと頭をさげれば、いくらでも騙せるのだ」

老練な村長はエリザベスのことを侮り、見下していた。

「どうせこの領もながくあるまい。経営破たんして国の直轄地になるか、婚姻を名目に他の貴族にのっとられるか。それまでは稼がせてもらおう」

「なんでもいいが、収穫が終わったら麦を渡せよ。俺もお館様の命令で来ているんだ。約束は守ってもらうぞ」

商人は怖い顔で村長を睨み付ける。

「安心しろ。領主にこの取引を邪魔できるだけの力は無いさ」

そう楽観視している彼だったが、その目論見は完全に外れることになるのだった。


あと少しで麦の収穫が始まるというときに、村にある集団が押し寄せてくる。

それは、逃げ出していた元小作人たちだった。

「何だと?一度逃げておきながら、また働かせてほしいだと?」

村長をはじめとする地主たちは、踏ん反り返って睨み付ける。

「へえ。町へ行ったものの、俺たちみたいな役立たずには施しはやらんと言われて……」

元小作人たちは涙ながらに訴える。彼らは痩せてきている服もボロボロだった。

「そうだろう。所詮、お前たちのような小作人は、ワシたちのような慈悲深い地主の下でしか生きられないのだ」

優越感をくすぐられた村長たちは、そう威張った後、彼らの帰参を認めた。

「今から麦の収穫が始まるので、人手が必要なのだ。ちゃんと働くなら飯は食わせてやる」

「あれがとうございます」

元小作人たちは、地主の屋敷に併設されてある粗末な長屋に押し込まれた。

その夜。ぐっすりと寝静まっていた村長は、夜中に目を覚ました。

「なんだ。うるさいな。なんの騒ぎだ」

屋敷内から大勢の人の叫び声が聞こえてくる。

「村長を捕らえろ!」

その声と共に入ってきたのは、昼間戻ってきた小作人たちだった。

「き、貴様ら、何のつもりだ!」

村長は怒鳴りつけるが、小作人たちは恐れ入らない。

「もう俺たちには後がないんだよ。一揆だ!」

抵抗するが多勢に無勢で、村長とその家族は捕らえられてしまう。

この日、ヴァルハラ領に存在する五つの農村では、同時に一揆が起こって地主たちは捕らえられてしまうのだった。

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