3

 アークの言う通り、確かにその小川に魚影があった。

 夕方には天気が崩れるという話だったが、よく晴れた日の昼下がりだった。水面が強い直射を受けて、七色に反射している。最も強い色は濃い緑だ。対岸の岩場の麓が、淵になっているのだろう。岩から張りだした自然林がこれも濃い緑を茂らせ、影を水面に落としている。伊庭とアークのいる岸は不思議と白い砂地が広がっている。輝石が混ざっているのか、時折光がまたたく。

 アークは手動のパラソルまで用意していた。どこからか引っぱり出してきたのかパラソルは広げた途端、もうもうと埃を巻き上げ、早々に逃げ出したアークがまっしろになった伊庭を指さして笑っていた。

 少し、ほっとした。無事に仕事を終えることができ、アークとの約束を守ることができたからだ。何より、と伊庭は思う。アークには元気に笑っていてほしかった。

川べりで伊庭が濡らしたタオルで躰の埃を拭っていると、不意に影が落ちる。振り返るとアークが意地の悪い笑みを浮かべていた。「まさか」そんなことはしないよね、と言う前に自分が水中に落下していることを認識する。露天での活動を考慮されているので多少の水濡れは問題ない、とはいえ――さすがにこれはまずいのではないか――視界に浮かんだ真っ赤な矢印の指示に従い、伊庭はすぐに水面に顔をあげ、川底に足がつくことを確認して立ち上がり、岸にあがる。川の水量も流れも、大したことはなかったので、すぐに脱出することができたが――淵を見やってぞっとする。泳ぐという以前にまず浮かんでこられないかもしれない。伊庭はナノスキンに躰の水分を飛ばすよう指示し、不具合がないかを確認する。手足の動きが思うようにならないことに、気がつく。まいったな、仕事中ならともかく、これじゃあメカニックの親父さんに怒鳴られるぞ。

 伊庭が頭を抱えていると、砂利を蹴立ててアークが駆け寄ってくる。

「ごめんなさい! そんなに派手にこけるとは思わなくて! 大丈夫? どこか動かないの?」

 アークが伊庭の手を、指を握る。伊庭はスキャンされたことを知る。心配をかけたくない一心で思わず防壁を展開するが、アークにやすやすと突破される。伊庭は慌ててデコイをばら撒くが、アークの怒ったような視線に睨まれて、すぐにすべてを自壊させる。一瞬で丸裸だ。

「なんだ」アークはほっとしたように言う。「大丈夫みたいね」

「え?」

「服が濡れてるからじゃない、動きづらいの」

「ちょっと待って、でも水に――」

「え、でも配達してる時に雨に降られないの?」

「いや、それはあるよ。でも今は川の中に落ちたんだよ」

「シャワーは浴びないの?」

「会社の宿舎にあるのはクリーンルームだから……」

「そっか、でも大丈夫だよ」

 アークの真摯な瞳が伊庭を射抜く。

 誰が突き落としたんだっけ、と伊庭の頭にそんな思考がよぎるが……頭の片隅ではアークの言葉に納得されてもいいと思っている自分がいることも認識している。そして伊庭はもちろん後者を優先した。

 くっくと喉を鳴らすような笑い声を発して、伊庭はアークを引っぱる。不意のことにアークが反発するので、力の向きに逆らわず今度は押す。悲鳴をあげてたたら踏んだアークを再度、自分の方に強く引っぱる。バランスを崩したアークはそのまま頭から川に水没する。水しぶきをあげてすぐに浮上する。

「キミ! やったな!」

 邪気のない笑みでアークが叫ぶと、水をかけてくる。濡れた髪が顔にはりついて、アークの顔がより小さく見える。同様に白いワンピースが躰のラインを明確にふちどっている。燃えるような髪色が踊り、空の高い位置から強い日差しが降り注いで、空中にまき散らされた水滴に乱反射する。

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