第7話
気がつくと、朝を迎えていた。
いつものようにバケツが手元に握られていて、いつものように焚き火の跡が視界に入った。男は飛び起き、周囲を見渡す。いつものように既に他の作業員は仕事を始めていた。バケツの感触を確かめると男はほっとした。悪い夢を見ていたのだろう。
きっと昨日はブザーが鳴ってすぐに寝てしまったのだが、その夢の始まりがやけに
現実味を帯びていて、それで夢の世界と現実世界の区別が付かなくなってしまった
のだろう。
いつものように早く切り替えて、いつもの仕事に臨まなければ。
今日もいつもと変わらぬ仕事内容であった。スコップ男が掘り出した土を、バケツに溜めては廃棄する。とてもやりがいのある、素晴らしい仕事だ。
この仕事は誰にもできない、自分だけの仕事である。男はこの仕事に誇りを持つようになっていた。男のバケツは重さでどんどんと男の手に食い込み、男の手の皮はバケツを彼自身の一部として包み込んでいった。
いつしか彼の手とバケツは一体化していた。裂けては包み、また裂けては包んで
いく事で金属のバケツの持ち手は、男の表皮に埋もれていた。そんな彼の一部が、
彼は愛おしくてたまらなかった。乾いた土も重い土砂も、幾度となく運んだ。
もう何度朝を迎えたか分からないほど共に仕事をこなした。初めはあれほど重かったバケツが、今では無い方が考えられないほどに手に馴染んでいた。スコップ男も、ツルハシ男も鎖もトロッコも、道具と身体の一部が癒着していた。軍手の僅かな隙間から、その部分が見えたのだ。彼らが会話をしないのは、既に会話する相手がいたからだ。作業中ずっと彼らは彼らの道具と愛し合っていたのだった。きっとそうだ、間違いない。なぜなら自分がそうだからである。
言葉は必要ない。作業の時間はセックスと同じである。意中の
一体化するこの感覚は筆舌に尽くし難い。皆がそれぞれセックスをしているのなら
お互いに会話がないのも納得である。
土埃はきっと恋人がいなくなったのだ。破損か、或いは事故で。
彼の奇妙な行いは、恋人を亡くしたそれと同じなのだろう。なんと哀れなのだろう。
そうしている間に、
今日も楽しかった。また朝がくるのが楽しみだ。土埃が声帯だけを震わせながら
こちらに歩み寄ってくる景色を最後に、男はまぶたを閉じた。
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