第5話


 また朝が来た。


 最近はもう一人で起きることに違和感を覚えることはなくなった。

今日もいつものようにバケツを片手にスコップ男の元へいく。



 あれからしばらく観察を続けた結果、作業員全員の区別がなんとなくだが付くようになってきた。皆が無口であるため自分は彼らの名前がまだわからない。そのため

便宜上彼らのよく用いる道具から名前をつけている。彼らのこだわりからなのか、

上からの命令なのかは分からないが、必ずと言って良いほど彼らは同じ道具を使用

する。そのおかげでおおよその区別が付いたのだった。


 スコップの男はおよそ五十代で、背が高く肩幅のガッチリとした体格だが、

よくみるとわずかに右肩が左肩よりも高くなっている。彼は名前の通りスコップを持っていて、正面の岩盤を下から削っていくように掘り進めている。彼の足元によく土が溜まるのは、下側ばかり掘るため残った上の部分が崩れていくからであった。

自分が来るまではスコップ男が自ら捨てていたのだろうか。ううむ、まだ謎は多い。


 ツルハシの男は三十代くらいで、体格の良さはスコップ男と似てはいるが若干

猫背気味である。彼はスコップ男とは対照的に上からツルハシを振り下ろして、

岩盤を掘り進めている。また、彼の足元に土塊が少ないのは彼が時折癇癪を起こして足元の石ころを蹴り飛ばしているからであるだろう。目撃してはいないが、何かを

蹴る音がする時はいつもツルハシ男の足元に土は残っていない為、そう推測した。


 また、新たに三人の男も確認できた。

 勝手に名前をつけるとするならば、鎖、トロッコ、土埃である。

それぞれが持っていたり乗っていたり、或いは塗れていたところから命名した。

 

 鎖の男は三十代後半のように見受けられる。彼は全身に古さびた鎖を巻いていた。なぜ巻かれているのか、いつから巻かれているのか、なぜ外そうとしないのかは

自分にも分からない。彼も外そうとしないところから、きっと彼なりの事情がある

のだろう。

 彼の仕事は正確にわかってはいないが、長い隧道の脇道に目をやると所々立入が出来ないように鎖が一文字に張られている。なんらかの事情で使えなくなった、或いは必要がなくなった坑道に鎖を置くのが仕事なのだろう。その証拠に、鎖を巻いた男は姿を現したかと思うと、いつの間にか消えていることが多いからだ。

 とは言うものの、必ず一日のうち五回は遭遇するので、いなくなった訳ではない。そして作業終了のタイミングでは必ず鳴り終わると同時に姿を現す。彼もちょうど

良いタイミングを把握しているのだろう。今も金属同士が擦れ合う音が近づいているのが分かる。


 トロッコの男は、名前のとおりトロッコを引き連れている。しかし、乗っている

訳ではなく、トロッコの先についている綱を引いて移動している。

 なぜトロッコに乗って移動しないのか。一瞬頭をよぎったその謎は、荷台に

ぎっしりと積んである作業道具を見て一瞬で解決した。トロッコ男が乗れるスペースが無いほどに大量の掘削道具をトロッコに積んでおり、脇道に敷いてあるレールの

上を引きずるように往復している。トロッコ男の仕事は、いわゆる配給であろう。

 その証拠に、彼は作業員の近くまで行くと、その作業員が使用している道具を

トロッコから探し当て、それを作業員目掛けて放る。

 そして作業員はその道具を確認すると、今まで使用していた道具を今度は

トロッコ男の前に敷いたレール目掛けて投げるのだ。そうして道具をレール上から

回収し、またトロッコ男は手綱を引いて進んでいく。この繰り返しであった。


 それにしても、この道具の交換方法はいかがなものか。なぜ投げて交換するのか、そしてその交換方法を受け入れているのはどうしてだろうか。もし一方の投げる方向が少しでも狂えば、もう一方は確実に怪我をするだろう。

 トロッコ男が直接渡しに行けば、或いは作業員がトロッコ男に渡しに行けば、

安全に交換できるのでは無いだろうか。もっとも、自分の持っているバケツはまだ

まだ交換する必要がないようなので、まだトロッコ男とは接触できそうにはないが。


 最後の土埃に関しては、いまだに分からないことだらけであり、やむなく彼の

トレードマークである「土埃」と呼ぶにとどめている。彼はこの空間の中でも特に

異彩を放っている。

 作業の合間に見る彼はふらふらと坑道を彷徨っているかと思うと、土壁に顔を

埋めては声にならない呻き声をひたすらあげる、或いは他の作業員に何かよく分からない言語で怒鳴ったり、すがるような口調で話しかけたりと突飛な行動をよくとっていた。

 そんな彼の奇妙な行動にも、炭鉱の作業員は気にすることもなく黙々と作業を

進めていく。なぜ彼だけがこんな行動をとっているかは、誰も知る由もない。

 初めは気にしていたが、繰り返していくうちに気にならなくなったのだろう。

 今ではそんな彼の奇行は私の日常の一部であった。


 全員に共通して言えることは、ヘルメットを着用、無口かつ無表情、そして鳥籠のネックレスである。なぜ無口なのかは自分にも分からない。おそらく彼ら自身の仕事に最大限集中して臨んでいるためであろう。

 

 作業終了のブザーが鳴った。

今日は改めて作業員の特徴をさらえた。さあ、また朝が来るまで休もう。


 土埃の歯軋りにも似た心地良い叫び声が子守唄のように聞こえた。

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