第4話


 また気がつくと、朝を迎えていた。もう何度目だろう。


 もちろん炭鉱内では陽の光は入ってこないため、本当に今が朝なのかは

わからない。ただ、彼のそばにはいつも焚き火の燃えていた跡があり、それが

消えると皆が作業を開始しているからだ。

 それにしても、自分が寝ている間、彼らは何をしているのだろう。今後の仕事に

ついて話し合っているのだろうか。それとも、日頃の仕事を労い、宴会でもしているのだろうか。前者に関しては良いが、宴会のように楽しい行事に自分が参加できないのはとてももどかしい。起こしてくれたって良いのに。

 小さな不満を心に抱えながら、今日もバケツを持ってスコップ男の元へかけて

いく。あれほど辛かった筋肉痛も、今ではもう平気なようだった。


 今日は、改めてこの炭鉱内の人間を観察しながら作業をしてみよう、そうすれば 全体の雰囲気や作業の流れも把握でき、自分ももっと効率よく仕事が出来るだろう。以前の仕事経験が活かせるならば幸いだ。


 以前の仕事経験?私は以前どんな仕事をしていただろうか。この仕事をする

きっかけは一体なんだったろうか。

 そんなことを考えながら、スコップ男の元へ歩み寄った。しかしそこにいたのは

スコップではなく、ツルハシを一心不乱に振り下ろしている男だった。もう二、三歩ほど近付いていたら、自分に突き刺さっていただろう。背筋が凍る。

 昔のことを考えているうちに、スコップ男とは別の背中を追いかけていた。

あわてて踵を返し、スコップ男の元へ駆け寄る。この炭鉱内でスコップ男とは別に

掘り進めている男も何人か見かけた。

 

 やはりこうして見ると、一つの組織がそれぞれの領域で作業しているように

見える。周囲を尻目に見ながら、改めてスコップ男の元へ向かう。スコップ男は常に一人で黙々と作業を続けている。自分はいつものようにバケツを差し出す。

 やはり普段のように黙々と土塊を放り込んでいく。実を言うとバケツに土が溜まるこの本の数十秒の間だけは暇なのだ。普段ならただただバケツがいっぱいになって

いくのを眺めているのみだが、このわずかな間を周囲の観察に使おう、そう思った。


 しかしながら、いざ眺めようとしていても、気がつくとバケツが土塊でいっぱいになってしまう。いくら間が生まれるとしても、これではあまりに短すぎる。

男は考えた。それでは、バケツの土を捨ててから戻るまでの時間はどうだろうか。

少なくとも、バケツに土がたまるまでの十倍はある。その上、自分のさじ加減で

いくらでも時間は伸ばせるのだ。もちろん、スコップ男をあまり待たせてしまうのもよろしくはないのだが。


 男は土の廃棄場からスコップ男の元まで行き来のわずかな時間を利用して、周りを見渡してみた。三、四度往復すると、なんとなく雰囲気がわかってきた。

 基本的に皆無口なのだが、使っている道具が様々であることがわかってきた。先程接触したツルハシの男や、スコップ男を筆頭に、どうやら五、六人の作業員がここで発掘作業をしていることが伺えた。

 少なくともスコップ男やツルハシの男は同じ組織に所属していると思う。使って

いる道具や掘り進めている場所は違えども、ボロボロのツナギの種類が似通っているからである。そして、よくよく見てみると、その作業員が全員小さな鳥籠のような

装飾品を首から下げていた。これは一体何を表しているのだろう。外国の兵士が

戦場へ向かう際、戦死していても身元が分かるように個人情報が刻まれたドックタグを身につけてから出発する、と言う話を聞いたことがある。おそらくこの組織の中でそういった決まり事があるのだろう。炭鉱とはとても危険な場所だ。


 鳥籠について考えを巡らせていたら、いつの間にかスコップ男の手が止まっているのが見えた。しまった、ボーッとしていた。慌てて駆け寄ると、スコップ男は再び

作業を始めた。バケツに土が溜まる間、土を捨てるまでの路の間も、男はひたすら

スコップ男の胸元で弾む鳥籠の意味を考えていた。



 作業終了のブザーが鳴った。

 また今日も終わる。そしてまた気がつくと朝を迎えるのだ。

 男はうんざりした。せめて作業終了の時くらいは彼らと会話したいものだ、

そう考えている間に抗い難い睡魔が襲ってくる。男はなんとか自力で焚き火の

そばまで行くと、そのまま眠ってしまった。

 

 意識が落ちる直前、作業員が全員で焚き火を囲んで、恭しく首を垂れているのが

見えた。


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