第20話

最近はそういう巡り合わせなのか、坂石さんと二人だけのバイトが多く、今日もそうだった。客が少ない合間を見計らってホールの清掃を行ってから、俺はレジカウンターでボーっとしていた。

 客が極端に少ないと仕事も無く、こういう何もしない時間も多くなる。

 かといってスマホをいじったり坂石さんみたいにドリンクバーの飲み物を勝手に飲む度胸も無い。

 暫くすると見たことのある制服の団体が入ってきた。


「いらっしゃいませ」


 恥ずかしいが一応マニュアル通りに挨拶をする。


「ご注文はお決まりですか」


 目の前でギャアギャア騒ぐ男女の団体。

 俺の声は聞こえてないみたいだ。

 俺は密かにため息を付いてから、目の前の団体が話し終えるのを待った。

 よく見ればその中に成海の姿があった。

 成海と目が合ってお互いに気まずくなる。


「あのー注文って聞かないの?」


 一人が言う。

 言ったっての。内心悪態を付いた。


「あ、お前」


 更にもう一人が言う。

 俺がそいつの顔を見ると、どこかで見たような顔だった。


「えっと………」

「なに?信也の知り合い?」

「はあ?な訳ねぇだろ?こんな陰キャ」

「あははは、ウケる」


 はあ………。


「お前、美香とよく一緒にいる奴だよな?」


 信也と呼ばれた男子が俺に言う。

 その前に注文を言えや。


「美香………ああ、成海」

「やっぱりか」

「何だ?それがどうした?」


 すると何故か俺は睨まれる。


「お前、美香と絡むのやめてくんね?」

「は?」

「あーそれウチも思ってたー」

「え?二人とも?」


 さっきから知らない奴らが何なんだ?

 成海と絡むな?

 何だそれ。


「お前みたいな陰キャが美香と一緒にいると釣り合わねえんだよ」

「ちょっと信也!」

「何だよ美香。お前も嫌そうにしてただろ?コイツといるの」


 そう言われて俺は成海を見た。

 成海はバツが悪そうに視線を逸らす。


「…………」

「…………」


 何だよそれ。


「そうだよ美香。こんな奴といたら株が下がるって」

「あはは、信也と絵理沙、陰キャ君に失礼過ぎるでしょ」

「…………」


 はあ………。

 これだから集団は嫌なんだ。

 俺が何をしたって言うんだよ。

 お前ら一人ひとりの名前すら知らないくらいに、害を与えないようにしているっていうのに、存在が気に食わないってか。

 目の前の奴らはまだ何か俺に対して言っているみたいだったが俺には聞こえない。

 良かった。他に客がいなくて。

 それよりも俺、明日からこのバイト行けるか?

 ムリだったら店長になんて言おうか。

 楓は………また肉じゃが作ってくれるか?

 俺立ち直れるか…………。


「注文良いですか?」


 聞きなれた声だった。

 俺は反射的に、いつの間にか俯いていた顔を上げた。


「か、楓………」

「注文良いですか?」


 にこりと笑って楓は言った。


「はあ?お前何抜かしてんだよ」


 信也と呼ばれた男が楓の肩を思い切り掴んだ。


「おいっ…………」


 俺が抗議しようとした時だった。


「それはキミたちの方じゃないかな」

「ああ?」

「注文聞かないのって言ってたけど、店員さんはしっかり注文を聞いていたよ?」

「はあ?聞こえねぇって」

「そうやって何でもかんでも自分中心に回るって考えてるからだよ。聞こえない?そもそもそこでだべってるキミたちに非があるんじゃないかな?後ろに並んでた私の身にもなってくれないかな?」

「おま………」

「聞こえない?だったらまず聞こうとしないと」


 楓の言葉は止まらなかった。


「それに自分の気持ちをハッキリ言わないのもどうかと思うけどな」


 そしてその最後の一言は明らかに特定の人に向けられたものだった。


「さっさとどいてくれるかな、自分のことしか考えない自己中心君」

「…………っ」


「そうだね。今回は彼女の言う通りだよ」


 後ろのキッチンから姿を見せたのは坂石さんだった。


「坂石さん…………」

「せ、生徒会長!?」


 え?生徒会長?


「あなた達、公衆の場で少し悪ふざけが過ぎるよ」


 いつになく冷たい声音だった。


「な、何でここに…………」

「何でってバイトしているからね。私も」


 いや、生徒会長だったんですね。坂石さん。


「それに大事なスタッフをいじめないでくれる?」


 坂石さんに腕を引かれる。


「ちょ、坂石さん!?」

「ふーん」


 あ、楓に睨まれた。


「まあ、そんなわけだから今回だけ特別に見逃してあげる。だからさっさと帰ってくれるかな」


 生徒会長の意見ともあればそう簡単に反抗できないのか、集団はおどおどしながら店を出て行った。

 最後、成海と目が合ったが、俺は真っ先にその目を逸らした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る