第6話
「いてて…………」
朝、目を覚ました時の第一声がそれだ。
一応クッションとカーペットがあるから大丈夫と思っていたが案外そういうわけでもないらしい。背中が痛い。
「おはよう」
すると廊下に面するキッチンから声を掛けられた。
「楓…………」
「ん?」
「なるほど。夢じゃなかったわけだ」
「信じてなかったの?」
いや、現実味がなかっただけだ。まあそれを信じていないと言うのだろうけど。
とりあえず寝て覚めて状況が変わっていない。つまりは夢じゃなかったということだ。
「いや」
「ふーん。早く顔洗って来たら?」
「そうする」
俺は体を起こした。すると毛布がパサリと俺の体から滑り落ちた。これ楓が………。再び楓の方に視線を向けても楓はこちらを見ることは無かった。さり気なく優しいことをしてくれますね。
俺はそんなことを想いながら風呂場にある洗面台へ向かう。
そして廊下に面したキッチンに立つ楓の後ろを通るとき、作業の様子を覗き込んだ。
「朝ご飯か?」
「そうだよ」
手際よく味噌汁やら卵焼きを準備していた。
「………ありがとう」
何て言えばいいのか思いつかず、一応感謝の気持ちを伝えておく。
「どういたしまして」
こちらを振り向かずに、まるで当たり前のように楓は言葉を返す。
「これ、テーブルに運んでくれる?」
「わかった」
顔を洗い終わって部屋に戻るとき、すれ違いざまにお椀を受け取りテーブルに並べる。
時計を見れば午前七時。規則正しすぎる生活だった。一人暮らしになれば自然と生活習慣が悪くなると思っていたが、まさか初日からコレだけいい生活ができるとは思わなかった。
暫くするとテーブルには朝食が並ぶ。
「いただきます」
「召し上がれ」
向かい側に腰を下ろしている楓が言う。
「美味しいな」
卵焼きを食べて俺言った。
「卵焼きは甘口って決まりだから」
「ふーん」
ある意味俺よりも俺のことを知っているように思えた。
確かにこの甘くちの卵焼きは凄くおいしい。俺好みだ。
「それにしても一斗くん、どうして床で寝てたの?」
「あんな状況で寝れるか」
「えーそうなの?」
「そうなの」
「別に良かったのに」
そこで寂しそうに口を尖らせるな。
変な気分になる。
「まあ、その分一人でベッド使えたからぐっすり眠れたけど」
「おい………」
少しでもコイツ可愛いかもって思った自分を殴ってやりたい。
「本当にいつになっても変わらないなあ」
「俺は今の自分しか知らない」
「大丈夫だよ、知らなくても。全然変わってないから」
「楓もか?」
「そうだね」
「ちゃっかり床に寝ている俺に布団をかぶせてくれる優しいところも?」
俺は朝一の楓の優しいところを指摘して見せた。
するとどうだろう。
「………一々言わなくていいから」
「照れてるのか?」
「て、照れて無いから」
「ふーーん」
ほうほう。コイツにもしっかりと女の子らしい一面があるとはな。
「帰ったら夕食抜きだから」
「ちょ、ちょっと待て」
それは困る。コレだけの上手い飯が今日だけしか食べられない?冗談じゃない。
「じゃあ何か言うことがあるんじゃないかな?」
「………す、すみませんでした」
「よろしい」
俺、多分楓に一生勝てないわ。
多分未来の俺も尻に敷かれているんだろうな。
何故かその瞬間だけ妙にハッキリとそのビジョンが見えてしまったのはどうしてだろうか。
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