第5話

結局楓は流石に風呂にまでは入ってこなかった。

 冗談らしい。

 ………いや、残念だなんて思ってないからな?流石に入ってこられでもしていたら対応できなかっただろうし。


「もう寝るの?」


 髪を乾かし、俺の部屋着シャツを着た楓が風呂場から出てくる。

 少し火照ったからだが艶めかしい。


「寝る。明日学校だし」

「そっか」

「それ、大きすぎないか?」


 俺は少しダボッとした服を指差す。楓が今着ている服は、俺の部屋着だ。意味の分からない英文が書かれたシャツ。

一応は男もので大きいため楓が着ると肩やうなじがハッキリ見えてしまうのはしょうがない。こう見ると胸はでかいけど体は華奢みたいだ。


「あーうん。大丈夫」

「まさか替えの服がないなんてな」

「タイムスリップも万能じゃないってことだね」


 つまりはタイムスリップをするにあたって替えの服等の日用品を持っていないというわけだ。


「いや知らないけど」

「じゃあ電気消すよ」

「………ちょっと待て」

「なに?」

「どこで寝るつもりだ?」

「あー気にしないで、床で寝る」

「それはダメだろ」


 残念ながら今現在この部屋には俺が寝る用のベッドが一つしかない。いや、そもそも来客を想定していなかったからな。


「俺が床で寝る」

「それこそダメでしょ」


 以外にも楓は即答で拒否した。


「どうして」

「一斗くんがこの部屋の住人だから」

「お前、最初は私も住人って言ってたよな」

「まあ、そうだね」

「ほら」


 俺はベッドから体をよけた。


「んー」


 腑に落ちないと言った感じの顔を楓はする。


「そんなに気が引けるか?」

「そりゃあね」

「………じゃあ半分は…………っておい!明らかに顔を引きつらせるな!」


 俺が良心から(なんの下心も無い)ベッドを半分譲ってやったというのに、楓は少し顔をひきつらせたのだ。

 ちょっと待て、本当に結婚しているんだよな、未来の俺。


「あはは、冗談だよ」


 そう言って楓は部屋の電気を消した。

 そして狭いベッドに潜り込んでくる。


「半分借りるね」

「お、おう」


 そして俺が壁際になり背中を合わせて横になった。

 背中がぶつかりお互いの体の熱が服を隔てて伝わってくる。いや、もう少しためらってくれないか?こっちはこっちで焦ると言うか。


「緊張してるね」

「当たり前だろ。逆にお前は落ち着きすぎだ」


 伝わってくる心音は一定のテンポを保っている。

 対して俺はバクバクだ。自分でも分かるくらいに緊張している。何せ見た目は歳が一緒の女の子と一緒の布団で寝るという状況は正真正銘初めてなのだから。


「慣れてるからね」

「それって………」

「未来の一斗くん」

「マジか」

「マジ」


 未来の俺凄いぞ。頑張った。

 どうやら未来の俺にとってはこういう状況も日常生活の一つらしい。


「…………」

「…………」


 暫く無言が続いて。


「襲ってこないの?」


 楓が言った。


「俺を何だと思ってる!?」


 せっかくの眠気が一気に吹き飛んだ。俺はばっと体を翻し楓の方に体を向けた。

 すると楓もこちらに体を向けていて、すっかり暗闇に慣れた俺の目には楓の姿がしっかりと写った。


「今の一斗くんは童貞だね」

「…………」

「…………」


 ん?


「おいちょっと待て」

「なに?」

「お前今さらりとすごく重要なこと言ったよな?」

「んーそうかな」

「おい」

「ちなみに今の私は処女ではありません」

「…………」

「この問題、一斗くんには解けるかな?」

「…………」


 嘘だろ………。


「あ、また緊張してる」

「ちょっとそろそろマジで寝ようぜ」


 俺は再び楓に背を向けて横になった。


「それもそうだね。じゃあおやすみ」

「お、おやすみ」


 するとこつんと楓の明らかに背中ではない、おそらく頭が俺の背中に当たった。

 ………って寝れるわけねえだろうが!!

 それから一時間。背後からはすうすうと可愛らしい寝息が聞こえる。


「何で普通に寝れるんだよ」


 振り返ると猫のように体を丸めた楓がいた。

 俺は楓を起こさないように体を起こした。

 そして床にクッションを敷いて横になる。


「寒い」


 季節は春だがやはり夜は寒い。布団も一つしかないから楓がつかってくれていい。

 ほんの少し俺が寒い思いをするだけで済むのだから。


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