第3話 兄の殺人計画
佐環がトイレに行くと、賀条は酒を飲むのをやめ、タバコに火をつけた。その煙を僕の顔にかからないよう下を向いて吐き出すと、頼みがあると言った。
「ものによる」
「彼女は?」
「突然やな、気持ち悪いぞ」
「彼女は? 何度も聞かすな」
「いないけど」
「佐環と結婚してくれ」
僕がもし何かを口にしていたら、それらを吐き出すところだろう。
「返事は?」
「冗談やろ。いきなりは答えにくいな」
賀条は表情を変えることなく煙を僕の顔に吹き掛けた。まだ長いタバコを灰皿に押し付けた。
「で、返事は?」
「今は嫌だ、でいいかな」
「分かった」
すると賀条は、鞄からナイフを取り出した。
そして、そのナイフの切っ先が僕の目の前につきつけられた。
そして彼はほんの少しだけ表情を和らげて、こう言った。
「今晩、あいつを殺そうと思うんだ」
佐環がトイレから戻ると、僕たちは何事もなかったかのように刺身や唐揚げやサラダを頬張った。
少なくとも僕はそう振る舞おうと努力した。賀条はどうかしらない。賀条は日本酒をお品書きの順に飲もうかと妹に語りかけていた。
「日本酒って飲んだ後のにおいがきついからなぁ。まぁええか」
その瞬間の僕は背筋が縮む思いであった。できれば今すぐ帰ろうかと迷ったが、とにかく賀条の行動を見張らねばという義務感のようなものが生じた。
彼の鞄の中には果物ナイフがしのんでいる。それがいつ、佐環に刃向くのかと。それとも彼らは僕を騙しているのか。あの鞄の中にはよく似たオモチャのナイフも入っていて、彼女に凶刃が向くときはフェイクであるという手の込んだイタズラなのではないかと。
「ねぇ、ウーロン茶ばっかでいいの?」
「あっ、大丈夫っす」
「えっいきなり敬語とかウケる」
「ごめん」
佐環は一切笑うそぶりをみせずに、ジョッキのビールを飲み干した。
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