第49話 エピローグ

エピローグ


「昨日はお疲れ様でした、世餘野木様」


 宣教師との戦いを終えた次の日、僕はいつものように夜の公園で一人ぽつんと立っていたところに訪問者が現れた。


 鳴は付いてきたいと最後まで駄々をこねていたけれど、昨日の傷も癒えていない中来られても困るので、家で回復に専念してもらうため今日は不在だ。


「ありがとう、ガーヴェイン。おかげで助かりました」


 昨日と同じように僕の背後で月を眺めるガーヴェインに対して僕は感謝の言葉をかける。


「いえいえ、礼には及びませんよ。私は任務の一環としてやったまでです」


 ガーヴェインはどこか遠慮がちにそんなことを言う。


「いや、そんなことはありませんよ。本当にあなたには感謝しているんです。本当に助かりましたよ。だからありがとうございます――カーミラ」


 僕は同じように月を眺めながらかつて愛したひとの名前を呼ぶ。


「……いつから気が付いていたんだい?」


 意外だといわんばかりにカーミラは僕に尋ねる。


「ガーヴェインはこの町に来たことがないと言っていました。にもかかわらず、『この町から見る月は美しい』と、あなたはそう言ったんです」


「なるほどね。でもそれだけで私だとわかったのかい?」


 ふと横に目をやるとカーミラはすでに変装を解いており、僕のよく知っている姿でニヤニヤした笑みを浮かべながらこっちを見ていた。


「そこからは何となくですね。特に理由はありません。強いて言うなら、ガーヴェインがこんなに僕に対して協力的なのはおかしいとは思いましたけどね」


「はは、相変わらず君たちは仲が悪いね。もうちょっと仲良くできないのかい?」


 カーミラは愉快そうに笑う。


「善処します」


 そう言うと、僕たちの間には特に会話もなく、二人してしばらく夜空を見上げているだけだった。


 でも、そんな無言の時間すらも心地よく、それが僕たちの心がいまだに繋がっているのだと感じられて少し嬉しかった。


「……ごめんな」


 ぽつりと、前触れなくカーミラが漏らす。


「ん? 何のことですか?」


 僕は聞き返す。心当たりがありすぎるからだ。


「いや、私が突然君の前からいなくなってしまって……。しかも結果的にこの町の管理を押しつけるような形になってしまって……。それについては本当にすまないと思っているんだ。本当に、ごめんよ」


 いつになく真剣な表情で言うカーミラに対して


「ええ、それについては非常に迷惑を被りました。反省してください」


 と、返す。


「うっ……」


 カーミラは苦い顔をする。


「でも――僕は嬉しかったです」


「――?」


「約束、守ってくれたでしょう?」


「約束?」


 カーミラは『はて?』といった感じで首をかしげる。


「ほら、前に言ってくれたでしょ。『私は絶対に君の味方だ』って」


「あ……」


「だから、嬉しかったです。まだカーミラが僕の味方でいてくれたことが」


 こうやって話してみるとわかる。彼女は本当に僕の身を案じてくれていた。きっとこんな風に危なっかしいことばかりしている僕のことだ。心配で仕方がなかったのだろう。


「だから、ありがとうございます」


 僕はカーミラに目一杯の笑顔を向ける。もう大丈夫だと、僕には大切な人が見つかったから心配いらないと彼女を――僕が最初に愛した人を安心させるように。


「そんなの……当たり前じゃないか」


 小さな声でカーミラはそうつぶやくと、


「さて、久しぶりのこの町も見物しつくしたし、そろそろお暇するよ」


 と、僕に言った。


「そうですか。次は、いつ会えますか?」


 僕は尋ねた。確認しておかないといつの間にか彼女の記憶から僕がいなくなってしまうような気がしたから。


「さあね。それは分からないよ。でも、きっといつかまた会えるさ」


 そう言って笑うカーミラはどこか寂しそうだった。


「ええ、きっとまた」


 僕がそう言ってカーミラの方を振り返ると、そこにはもう誰もいなかった。


「はぁ、相変わらず勝手な人だ」


 そうつぶやくと、東の方の空は少し明るくなっていた。


「もうこんな時間か」


 帰ろう。そろそろ人間に戻る時間だ。


 僕が大嫌いな朝がまたやってきて、そしてきっとろくでもない一日が今日も始まるのだ。


 家路につくまでにすれ違う人々は目が曇っているように見えて、やはり僕以外の真っ当な人間にとっても生きていくことはつらいことが多いのかもしれないと何となくそんなことを考えていた。


 朝帰りのパリピ、始発で出社するサラリーマン、よぼよぼのホームレス、いろんな人とすれ違いながら僕は歩いている。


 きっと人と出会うことは奇跡なのだ。月並みな言葉だけれど、今ではそう思う。だから、もしそんな限られた出会いの中で自分が愛おしく思う存在に出会うことができたなら絶対にその手を離してはいけない。例え、その結果一度や二度命を落とすことがあっても絶対に離してはいけない。


「なんて、何言ってんだか」


 僕はそんな風に自虐的に笑うと、気が付けば自宅の玄関の前に到着していた。


 ――ピンポーン!


 インターフォンを鳴らすと、家主でもないくせに我が物顔で僕の恋人がドタバタと慌てたように扉を開ける。


「お帰りなさい、匠さん。ご飯にします? お風呂にします? それとも――わ、た、し?」


 なぜか裸エプロン姿でネコミミを装着して可愛く出迎えてくれる僕の狂気的な恋人。そんな彼女に、


「僕は――」




 君に触れたい。

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君に触れたい ガチ岡 @gachioka

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