第46話 招かれざる来訪者10

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「お嬢ちゃん、もうやめた方がいいんじゃねぇか?」


 目の前の宣教師は余裕の表情で私の方を見ている。


 私の体はもうすでにボロボロで、正直に言えば立っているのでもやっとの状態だった。


「確かにお嬢ちゃんの能力はえげつねぇよ。でもな、その体に触れたものがすべて消え去るってわけじゃねぇだろう? 例えば無機物は? もちろん何も起こらねぇよな。だって『命がない』んだから」


『だから昨日みたいに十字架にはりつけにされただけでお嬢ちゃんは動けなくなるだろう?』と、何が面白いのかへらへら笑いながら目の前の男は私に講釈を垂れる。


「お嬢ちゃんもさ、いい加減諦めろって。俺が言うことじゃねぇけどさ、あんな男に構ってないでお嬢ちゃんも真っ当に生きろよ」


「真っ当に? ふん、笑わせないで。今さらこんな私が、呪われているこんな私なんかが真っ当に幸せになれるわけないじゃない」


 私はせめてもの抵抗と言わんばかりに語気を強める。


「あー、まあ確かにお嬢ちゃんはそうかもな。宣教師なんてやってる俺が言うのもなんだけどよ、お嬢ちゃん、あんたは吸血鬼なんかよりもよっぽどやばい存在だぜ? その死を呼ぶ力だけじゃねぇ。あんたは人として狂っているんだよ」


「…………」


 私は何も言い返せなかった。だって、そんなことはこんなやつに言われるまでもなく自分が一番よく分かっているのだから。


「そもそも、俺から銀の弾丸を奪ってどうしようっていうんだ? またあの兄ちゃんのところに行って『私と一緒に不幸になってください』とでも言うつもりか? アホらしい、誰がそんなもんに『はいそうですか』って頷くかって話だよ」


「…………」


「お嬢ちゃんよ、あんたが幸せになれねぇのも、人の道を踏み外すのも勝手だけどよ、それを他人に押し付けるのはいただけねぇよ」


「そ、そんなこと……」


「ないってか? 本当に? 本当にあのひ弱な兄ちゃんはあんたみたいな狂ってる女と一緒に不幸になってくれるってのかい? おいおい、そんなわけねぇだろうが。あのお兄ちゃんは吸血鬼であったときにはお嬢ちゃんを必要としてくれたかもしれないけどよ、普通に考えてもう今となっては用済みだろうに」


「違う、違う!」


 私は必死に声を荒げて否定する。認められない。そんなことを認めてしまうと、私はもう一人では立てなくなってしまう。


「違わねぇよ! あんたみたいに狂った存在が誰かと一緒にいられるわけがねぇだろうが」


『一人で生きられない人間が二人になっても幸せにはなれないよ』


 いつか最愛の人が私に言った言葉をふと思い出した。確かに、匠さんの言うとおりだった。本当はこんな身に余る幸せを私は望んではいけなかった。


 一人で生きていけない私はもう匠さんなしでは生きられなくなってしまっている。それが匠さんを不幸にしてしまうとわかっているのに。


「そうだよ。お嬢ちゃん、お前みたいな存在は――人を好きななっちゃいけねぇんだよ!」




「そいつは聞き捨てならないな」




 振り返ると、そこには私が愛している人の姿があった。


「匠さん……どうして?」


 彼はまるで私に触れることなど恐れていないかのように私のすぐ近くまで寄ってくると


「よかった。鳴が無事でいてくれて本当に良かった」


 そんな風に心から安堵したような笑みを私に向ける。


 どうして? ねぇどうしてあなたは私に向かってそんな顔をしてくれるの? どうして、そんな風に優しく微笑んでくれるの? どうして、私のことを心配してくれるの? どうして、そんなボロボロの体で私を助けに来てくれるの? それじゃあまるで匠さんが私のことを――


「好きだよ」


 彼は私を安心させるかのように優しい口調で、でも明確な意思を持ってそう告げた。


「僕は、橘鳴を愛している。これまでも、そして――これからも」


「匠さん」


「だから、あいつを倒してまた帰ろう。僕たちの日常に」


 そう言って彼は私の方から宣教師の方へ向き直す。その表情はとてもまっすぐで明確な敵意を持って相手を見つめていた。


 でも、ごめんなさい。匠さんがそんな風に敵と対峙しているにもかかわらず、私はあなたの横顔から目が離せない。


 ――ああ、私、この人を好きになってよかった、とただただそんなことだけを私は考えていた。

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