第43話 招かれざる来訪者7
007
「君は本当に可哀そうな人だね」
彼女は僕に会うたびにいつもそう言って笑った。
まあ客観的に見て僕の人生が人よりも不幸であることは自覚しているけれど、それでも彼女から――自分が恋した相手からそんなことを言われることが僕にはとても悔しかった。
「はは、気にすることはないよ。吸血鬼に流れる時間は永遠に等しい。きっと可哀そうな君のそんな悩みもすぐに小さなものになるさ」
彼女はそんな風にウジウジと悩む僕を見て笑う。
「本当に、そうでしょうか?」
僕は不安げに尋ねる。我ながら情けないとは思いつつも、しかしながら僕よりもうんと長く生きている彼女のそんな言葉にやはりすがってしまう。
「そうだよ。今の君が考えていることなんて本当にちっぽけなことさ。暗い過去、不安しかない未来、そして今の君の気持ちさえも――きっといずれ過去になる」
まるで怯える僕をあやすように彼女は優しく微笑む。
「今の――気持ち?」
「ああ、そうさ。君が私のことを慕ってくれているのは本当にありがたいし、嬉しいことこの上ないけれどね。それでも、それもいつかは過去になるのさ」
「そ、そんなことは――」
「――でもね」
彼女は僕の言葉を遮るように言葉を紡ぐ。
「私は君とずっと一緒にいたいと思っている。それは間違いなく私の本心なんだ。君と私の日常がこれからもずっと続いて、君とこうやって言葉を交わしている未来であってほしいと願って止まないのだけれど、でも残念ながらそれは確約できない」
「…………」
「ほら、そんな風に不安な顔をするんじゃないよ。私まで悲しくなってしまうだろ?」
「べ、別に。不安な顔なんてしていませんよ」
僕はぶっきらぼうに答える。
「ふふ、安心しなよ。君の未来がどうなるのかは私にもわからない。でも、未来の君が誰と心を通わせていようと関係ない。どんな未来が訪れても――私は絶対に君の味方だ」
『だからほら、機嫌を直してくれよ』と、笑顔で彼女は僕の方に歩み寄る。
そんなことを言っていたかと思えば、その数日後、彼女は突然僕の前から姿を消してしまった。本当に勝手だと思うし、実際彼女の言う通り、今の僕には別の恋人がいて、そんな今の状況すらも彼女の手の上で踊らされているのではないかとすら思うことがある。
けれど、それでも時々僕は思い出す。彼女のことを、初めて僕が好きになった吸血鬼――キャメロン・カーミラのことを僕は時々思い出す。
彼女は、カーミラは今でも僕の味方でいてくれるのだろうか、と。
◇◇◇◇◇
目が覚めると知らない天井が目に入った。
これが美しい女性との朝チュン展開であれば言うことはないのだけれど、少し体を動かしただけで全身に痛みが走るところから察するにどうやらそんな現実逃避をしていられる状況ではないらしい。
「あら、匠さんおはようございます」
ふと顔だけを隣に向けると、傷だらけで所々ガーゼを貼り付けられている鳴が枕元のイスに座っていた。
少し周りを見渡すと、なるほどここは市内にある病院のようだった。以前夏目さんのお見舞いに来た時に来たからわかった。
「鳴……無事でよかった」
こんな傷だらけの状態を指して無事と言えるのかどうかはわからないけれど、それでも鳴が生きていてくれて本当に良かった。
「匠さん……その……」
鳴は少し言いにくそうに僕の方を見る。
まあ何となく察しはついている。意識が飛ぶ前に最後に覚えている光景とあの宣教師が言った言葉、そして何よりこんなボロボロの体を見ればそれは一目瞭然だった。
「そうか。僕はもう――吸血鬼じゃないのか」
僕は鳴の方へ手を伸ばした。しかし、
「――触らないで!」
鳴は僕が触れることを拒絶した。
「――!?」
一瞬、僕は言葉が出なかった。だって鳴が僕に対してこんな風に拒絶することなどこれまでなかったから。
「あ!? ご、ごめんなさい。でも……もう私には触れない方が……いいです」
そう言って鳴はとても悲しそうに俯く。
ふと横目で窓の外に目をやるとちょうど夕日が沈み、まもなく夜が来ようとしていた。
そうか、忘れていた。
吸血鬼ではない僕は――もう鳴に触れることができないのだ。
僕は絶望にも似た気持ちで大きく息を吐く。
窓から入ってきた夏風が部屋の中を吹き抜けていった。
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