第42話 招かれざる来訪者6

006


『別に、誰でもよかった』


 そんな理不尽な理由とともに僕の家族は命を奪われた。


 当時小学生だった僕は修学旅行で家を留守にしていた僕が、数日ぶりに家に帰ると、無数に貼られてあった黄色い立ち入り禁止のテープと数台のパトカーが目に入った。


 なんでも、突然刃物を持った男が僕の家に侵入して両親と妹を殺害したのだとか。


 正直、それを最初に聞かされた時に僕が何を思ったのかはよく覚えていない。もっと言えば、よく覚えていないどころか、僕にはその後数日間の記憶がないのだ。


 まあ今思い返してもそれは小学生の男の子が受け入れるには残酷すぎる現実だったとは思う。


 その後、僕は親戚である叔母の家に預けられ、とりあえずは何不自由ない生活を提供されることになった。実際にこうやって大学生として独り暮らしまでさせてもらっていることから本当に叔母には感謝しかないわけなのだけれど、とはいえ当時の僕は気が付くと、




『なぜ、僕だけが生き残ってしまったのか』




 と、そんなことを考えるようになっていた。


 自分一人だけ生き残った幸福を糧に人生を謳歌するという方向に考え方をシフトできるほど前向きな人間ではなかったし、それくらい当時の僕が受け入れるには重すぎる事実だった。


 それだけで終わっていればまだこんな風に人生を踏み外すことはなかった。でも、その後も僕はひたすら自分の生きている意味を探し続けた。


『自分には何か特別な使命があるはずだ。そうでないと、僕だけが生き残ってしまった説明がつかない』と、そんなことを考えてしまった。


 それでもあくまで現実は僕には優しくなかった。


 何をやってもうまくいかない。――勉強、スポーツ、コミュニケーション、美術、挙句にはプログラミングや小説の執筆なんかもやってみたけれど、残念ながら何一つとして僕が人並み以上の能力を持っている分野は見つけられなかった。


 まあ二十歳にもなった今ならわかる。成功者は才能だけを頼りに生きているのではなく、それまでに常人では考えられないくらいの果てしない努力の上に立っているのだと。


 でも、当時の僕は手っ取り早く自分の存在意義を証明できるものが欲しかった。証明して安心したかったし、何よりそれ以上に焦っていた。


 ――このままではいけない。このままでは自分が無価値な存在になってしまう。生きている意味が――見つけられない。




 そんな風に自分の人生に絶望し始めた頃、僕は、彼女に――吸血鬼に出会った。





◇◇◇◇◇


「宣教師って言うとよ、皆もれなくハゲてるおっさんのことを連想すんだよな。まあそれに関しては教科書に載ってるザビエルせんせーのイメージが強すぎることが原因なんだろうけど、あれって結構な営業妨害でさ。俺みたいなハゲてねぇ普通の清廉潔白、清潔感漂う普通のおっさんからすると迷惑でしかねぇんだわ。なぁ吸血鬼の兄ちゃんよ? あんたも同じような風評被害にあってたりすんのかい?」


 その宣教師は夜の公園で遠慮なく煙草をふかしながらまるで世間話でもしているかのように僕に問いかける。まあひょっとすると彼からすれば本当に世間話をするくらいの感覚なのかもしれないけれど、残念ながら当の僕にはそんな世間話をする余裕など全くもってなかった。


「さあ。生憎、人と話すこと自体が少ないものでね。そういった風評被害は僕にはないかな」


 僕はボロボロになった体で何とか立ち上がりながら皮肉たっぷりに答える。


「そうかよ、まあ世界最強と呼ばれる吸血鬼の眷属とこうやって話ができたのは俺にとってもいい経験だわ。いやいや本当に人生ってのはどこでどうなるか分かんねぇもんだな」


 ふー、と宣教師が吐き出した煙草の煙が夜の闇に消えていく。


「それについては僕も同意見だね」


「まあ結局のところ巡り合わせだわな。さすがに俺でもあんたみたいなとんでもねぇレベルの吸血鬼を相手にして勝てるわけはねぇんだけどよ。でも幸いなことに『あんたは一人じゃなかった』。なぁ、お嬢ちゃんよ?」


 そう言って宣教師は彼のすぐ隣で十字架にはりつけにされている鳴に向かって話しかける。


「…………殺してやる」


 鳴はもうろうとする意識の中で十字架にはりつけにされながらも宣教師の方を睨み返していた。


「おお、怖い怖い。吸血鬼の兄ちゃんもよくこんな怖いお嬢ちゃんと一緒にいるよな」


 宣教師は人質として確保した鳴の方へ面白そうに目を向けながらそんな軽口をたたく。


「ああ、残念ながら最高の恋人だと思っているよ」


 僕もまた宣教師の方を睨みつけながら答える。


「そうかよ、まあ結構なこった。兄ちゃんたちみたいな若いやつは色々な恋愛をしておく方がいいぜ。それが人生の糧になるってもんよ。まあもっとも、その恋人を人質にとられたせいで死にかけてちゃ世話ないけどな」


 宣教師はもう短くなった煙草をふかしながら答える。


「余計なお世話だ」


「ああ、まったくだな。十字架、ニンニク、聖杯、吸血鬼に効くものはすべて用意してきたわけだが、一番手っ取り早い弱点がこのお嬢ちゃんだったってわけか。まあ悪く思ってくれんなよ」


「そんなわけあるか、一生恨んでやる」


「おお、怖いね」


 そこまで言うと、宣教師は煙草を地面に捨てて足で踏みつぶしながら


「吸血鬼に効くものと言えば、先も言ったように十字架、ニンニク、聖杯、と色々あるわけだけどよ。でも一番実践向きなのはやっぱりこれだわな」


 と、口にしてポケットから銀の弾丸を取り出し、胸ポケットから取り出した銃に弾を込めた。


「――!?」


「大丈夫だよ、殺しはしねぇ。これでも聖職者だからな。殺しはしねぇ代わりに――奪わせてもらう」


「奪う?」


 僕は嫌な予感を感じながら彼の言った言葉を反芻する。


「そう、あんたは吸血鬼ではなく普通の人間に戻るんだ。どうだ? 悪くねぇ提案だろ?」


 ニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべながら宣教師は僕の方へ銃口を向ける。


「や、やめろ……やめてくれ!」


 僕はもう動けない体で必死に叫んだ。そんなことをして何かが変わるわけではないとわかっているはずなのに。


「じゃあな、吸血鬼の兄ちゃん。これからはただの人間として――幸せに生きろや」


 ――バン!


 短い破裂音とともに、銀の弾丸は僕の急所ではないどこかに当たり、そして――僕はただの人間になった。

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