第40話 招かれざる来訪者4

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「今日は泊っていきなよ」


 僕がそんな風に言うと、鳴は呆気にとられたようにぽかんとした顔でこちらを見た。ハトが豆鉄砲を食らうだけでは飽き足らずマシンガンを連射されるもその弾が奇跡的にすべて外れるようなことが起こればきっとこんな間抜けな顔になるのではないだろうか。

 でもこんなことを言っては彼氏のひいき目だと馬鹿にされそうだけれど、そんな鳴の呆気にとられたような顔はとても可愛かった。


「うん、いつもみたいに大人びた感じも素敵だけれど、たまにはこんな風にあどけない感じもいいもんだな」


「――? 何の話ですか?」


「いや、ちょっと独り言を……」


 そう言って僕はまたはぐらかす。


「珍しいですね。匠さんが私を泊めてくれるなんて」


「え? そうか?」


 そう言えば、なんだかんだいつも一緒にいる上に、無断で僕の部屋に侵入してくることはある鳴だけれど、言われてみればきちんと家に泊めたことはなかったかもしれない。


「まあ一応君もJKだからね。年長者として一応の節度は守らないと」


「節度? 私にあんなことをしておきながら今さらそんなことを言われても説得力がないですよ」


「いや、いつも誘ってくるのは完全に君だからね?」


「その言い分が国家権力ポリスの前でも通用すればいいですね」


 そうやって鳴はまたいたずらっぽく笑う。


 彼女には絶対に内緒だけれど、僕はは鳴のそんな表情が実は嫌いではなかった。彼女がこんな風に年相応の笑顔を見せることは実はあまりない。だからこそたまに彼女がみせるこういった表情がひそかに好きだったりする。


 こうやって二人で過ごしていると、まるでこんな時間が永遠に続くかのように錯覚してしまう。そんなはずないし、何より――僕たちのような存在がそんなことを願ってはいけないのに。そう思いながらも、ふとした時にそんなことを思ってしまう。まったく、困ったものだ。


「もう、私は匠さんなしでは生きていけないですね」


 ぽつりと、突然鳴がそんな言葉を口にした。


「一人で生きていけない人間が二人になってもきっと幸せにはなれないよ?」


「はあ、相変わらず匠さんは空気の読めない人ですね。こういうときには『僕はずっとそばにいるよ』とか耳障りのいいことを言っていればいいんですよ。私のようなチョロい女は適当に優しくしておけばすぐ機嫌よくなるんですから」


「君、自分で言っていて悲しくないの?」


 僕は真顔で聞き返す。


「とはいえ、まあ実際は匠さんの言っている通りなんでしょうけれど。でも――」


「ん? 『でも』なに?」


 僕が軽く聞き返すと――

「――でもどうせ私はどうあっても不幸になるしか選択肢は残されていませんからね。どうせ不幸になるなら一人よりも二人の方がいいです」


 まったく、鳴は可愛い顔をしていながら突然こんな風に爆弾を投下してくるから手に負えない。それも天然で無意識に投下してしまうのではない。こんなことを言えば僕があたふたするだろうということを見越して鳴はいつも僕を困らせるのだ。


「せっかく二人でいるのなら、僕は幸せになりたいよ」


 僕がそんなご機嫌を取るための言葉をかけると


「そんな耳障りのいい言葉は聞きたくないです!」


 と頬を膨らませていかにも不機嫌そうな顔をする。


 ――いや、お前が耳障りのいいこと言えって言ったんだろうが!


 僕の魂のツッコミは心の中にそっとしまうとしても、やれやれ、面倒なことになったものだ。


 こんな風に訳の分からない理由で不機嫌になったときの鳴は大抵の場合はしばらくこの状態が続く。さて、どうしたものか。


 と、僕がそんなことを思案していると、


 ――ピンポーン!


 突然玄関のインターフォンが鳴った。


「ん? 誰だ? こんな時間に」


 僕はこれ幸いと言わんばかりにそそくさと早足で玄関までかけていった。


「はい、どなた――」


『ですか?』と最後のセリフが出てこなくなるくらい僕は動揺してしまった。こんな

ことならしばらく不機嫌な自分の恋人の愚痴に付き合っていた方がよっぽどましだとすら思った。




「ご無沙汰しております、世餘野木様。お元気そうで何よりです」




 玄関の前に立っていたのは金髪碧眼で初老の男性だった。


 ぱっと見は年老いていながらも、その整った顔立ちからは彼が若い頃は相当な美男子であっただろうということは容易に想像がつく。そんな風にどこか上品さを兼ね備えたような外国人だった。


 まあ『外国人』とはわかりやすく表現しただけで、実際には彼はもう人間ではない。彼は――


「久しぶりだね、ガーヴェイン。『あの人』の側近である君がわざわざこんな辺鄙なところまで来てどうしたんだ?」


 僕はどこか冷たく言い放つ。


 こんな風に不機嫌になる当たり、なるほど僕と鳴は実は似た者同士なのかもしれないと、そんな現実逃避めいたことを考えてしまった。

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