第37話 招かれざる来訪者1

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 僕は、時々思い出す。――あの美しい吸血鬼のことを。


「うん、綺麗だ」


 彼女は夜空を見上げながら決まってそうつぶやいた。その言葉はもちろん僕に向けられたものなどではなく、 彼女はただ夜空に浮かぶ月に向かってそんなため息にも似たつぶやきを毎日繰り返すのだ。


「まあまあ、そんなに気を落とすことはないさ。私は君のことだってちゃんと大事に思っているんだぜ?」


「……別に。ただ毎日毎日飽きないなと思ったっだけですよ」


 僕はぶっきらぼうに返す。これではまるで子どもみたいだ。


 まあすでに何百年も生きている彼女からすればせいぜい十何年しか生きていない僕なんて子どもにしか見えないのだろうけれど、しかしそれを認めてしまうのは何だか癪だった。


「ほらほら、機嫌直してくれよ、な? まったく、月に嫉妬するなんてみっともないよ?」


 そうやって慰めるように優しく微笑む彼女が、やはりどこか子どもをあやしているように見えてしまって、僕の不機嫌さは増す一方だった。


「月……好きですよね? 何か理由でもあるんですか?」


「君は自分の好きなものに何か理由があるのかい?」


「理由……? まあ強いて言えば神秘的なところですかね?」


「あら? 嬉しいことを言ってくれるじゃないか」


「……別に、あなたのことだとは言ってませんけど」


 そうやってまた不機嫌になる僕に向かって彼女は微笑みながら


「――愛してる」


 と、つぶやいた。


 それは先ほど月に向かってつぶやいた言葉よりは幾分か愛情がこもっているように感じられて、単純な僕はそんな言葉一つですぐ機嫌が直ってしまう。


「まあまあ、これも惚れた弱みだと思って諦めてくれよ、な?」


 そう言って彼女はまた僕に微笑みかけるのだ。



◇◇◇◇◇


 僕は今でも時々思い出す。――美しい吸血鬼とともに過ごしたあの愛おしい時間を。



 そして十九歳の冬、僕は――地獄を見た。

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