第36話 初恋の悪霊14
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後日談。
僕はもはや単位取得を諦めたかのようにまた授業をサボった。とはいえ、何の理由もなくサボタージュしたわけではない。
僕は今、人生初の結婚式に来ていた。もちろん自分のではない。
結婚式場の表札には「倉敷颯太様 姫柊奈央様 結婚式」と書かれてある。
先日の騒動の後に色々あって、というか命の恩人扱いをされて僕は今回お二方の結婚式に出席させてもらうことになったのだ。
初めて見る結婚式はなかなかに豪華なもので、出席者たちも皆二人を祝福しており、なんだかこっちまで幸せな気持ちになってしまった。
あのボロボロになった状態の式場を吸血鬼の力で苦労して復元した甲斐があったというものだ。
「いいものですね、結婚式って」
と、なぜだか当然のように出席している橘が僕の横でぽつりとつぶやいた。
「僕たちには無縁のものだけどな」
「あら? そんなこと言って、本当にいいんですか? ウエディングドレス姿の私はなかなか魅力的だと思いますよ?」
そう言って橘はいたずらっぽく笑う。
まあそれに関しては同意するけれど、残念ながら僕たちにはきっとこんな未来はやってこない。いや、期待してはいけないというべきか。姫柊さんと違って僕たちには明るい未来はきっと待っていないのだから。
「でも、姫柊さん? でしたっけ? あの花嫁さんも綺麗ですよね?」
「……ああ、本当にね」
そう言って僕はあの日、姫柊さんと話したときのことを思い出していた。
◇◇◇◇◇
「初めて好きになった人だったんです」
ぽつり、と姫柊さんは僕に向かってそう言った。
佐久間が成仏した後、姫柊さんは僕と二人だけで話がしたいと言ってしばらくレストランの中に残っていた。
「佐久間君とは中学校の時からのクラスメイトだったんです。出会ったときの彼は目立たないけれど、とてもやさしい人で、そんな彼を私は何となく目で追っていたけれど、話しかけることができないまま卒業してしまって……。でも結局彼とは同じ高校に進学して、それからは一緒に話すことも多くなっていたんです。だから、彼から告白された時はすごく嬉しかった」
「…………」
今の言葉を彼に聞かせてやったらなんていうだろうか。そんなことをぼんやりと考えながら、僕は姫柊さんの言葉に頷いていた。
「でも、彼は突然私の前からいなくなってしまった。彼は私を庇ってトラックに轢かれて、そのまま帰らぬ人になったんです」
「そう、ですか」
「それからもずっと彼のことが忘れられなかった。でもあるときふと気が付いたんです。私が弱気になった時や苦しいときに何だか佐久間君が私の傍にいてくれたような気がして……。それに気が付いて以来すごく勇気づけられるようになったんです。はは、おかしいですよね?」
姫柊さんは少し恥ずかしそうに笑う。でもその表情から彼女が話していることは紛れもなく本心なのだとわかった。
「幸せに……ならないとね」
「ええ、きっと」
◇◇◇◇◇
姫柊さんとはほんの数回話しただけだ。でもなぜだろう、幸せそうに十字架の前で指輪を交換して微笑む彼女を見ていると――不思議と涙がこぼれ落ちていた。
「――? 大丈夫ですか?」
少し心配そうに橘が僕の顔を覗き込む。
「なあ、橘?」
「なんですか?」
橘は優しく僕に微笑みかける。
「あいつは――佐久間は、幸せだったのかな?」
僕は目を真っ赤にして微笑む二人の姿を目に焼き付けながら橘に問いかける。自分でも情けないくらい、駄々をこねる子どもさながらに尋ねた。
「さぁどうでしょう? そればっかりはあの幽霊さんに聞いてみないとわからないですね」
「そうか、そう……だよな」
「でも――」
「――?」
「でももし私が死んでもなおずっと好きな人の傍にいられたなら、それは間違いなく幸せだったと思いますよ」
そう言って橘はまた僕に優しく微笑む。
「そうか。ありがとう、橘」
僕はそう言って負けじと橘に向かって微笑みかける。この愛おしい存在と僕もずっと一緒にいたいから。
「ふふ、ありがとうございます――『匠さん』」
「――!?」
僕が驚いた表情で彼女の方を振り向くとそこには先ほどとは打って変わって『してやったり』と言わんばかりのいたずらっぽい笑みで橘はこちらを見つめていた。
「橘……今、僕のことを『吸血鬼さん』じゃなくて『匠さん』って……?」
僕がしばらくあっけにとられていると、
「ええ、匠さんが言ったんでしょ? 『変化が必要だ』って。だから、これからは名前でお呼びしようかと」
「えーっと、じゃあ……鳴?」
「ふふ、なんですか? 匠さん?」
そう言って微笑む鳴の笑顔はやはりどこかいたずらっぽいものだったけれど、しかし、残念ながらそれはとても綺麗だった。
「鳴、ずっと一緒にいような」
「ええ、もちろん」
そう言って僕たちはお互いに手を繋いで幸せそうな新郎新婦の姿を眺めていた。
もちろん、彼女たちとは違って僕たちの人生にはきっと必要以上に障害が立ちはだかっているだろう。しかし、だからと言って僕はこの手を離すつもりはない。
そのためならば黄昏時を迎えてこの体が消滅してしまっても別に構わない。消えるかもしれない、死ぬかもしれない、痛いかもしれない、もう人に戻れなくなるかもしれない。それでも、僕はこうやって大好きな彼女の手に触れられることがたまらなく愛おしかった。
僕たちのこれからがどうなるかはわからないけれど、それでも僕も一途にこの愛おしい恋人を愛していこうと思うのだ。
――あの初恋に憑りつかれた悪霊のように。
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