第34話 初恋の悪霊12

012


「嫉妬?」


「そう、佐久間は姫柊さんの婚約者に嫉妬しているんだよ」


 今日の午前中、僕は自宅で橘と話し合っていた。


「ようするに、憑りついてしまうくらい好きだった昔の恋人が他の人と結婚してしまうからそれに嫉妬して悪霊化しようとしているってことですか?」


「まあ端的に言うとそういうことだね」


 僕は橘が淹れてくれたコーヒーを飲みながら答える。


「うーん、なんというか……重いですね」


 お前が言うな!


 僕は心の中で橘にツッコミを入れたけれど、そこは口には出さない。余計なことでまた機嫌をそこねると困る。ただでさえこれから人の婚約者を尾行しようというのだから無駄なトラブルは避けるのが吉だ。


「でもそれじゃあその姫柊さん? が結婚してしまったら絶対に悪霊化してしまうんじゃないですか?」


 橘は何でもない風に確信に触れることを言う。


「まあそうだな。正直、そうなってしまう可能性も否定できない。もっとも、僕としては幸せな姫柊さんの姿を見ることで佐久間が成仏してくれる展開に賭けたいところだけれど」


 僕はそんな希望的観測を口にする。


 もちろん自分でもわかっている。――そんなことはただ現実から目を背けているだけだということは。


「だから、もしもの場合は僕があいつを……」


 その先は言葉にできなかった。言葉にすると、まるでそれが現実になってしまうみたいで怖かった。


「……コーヒー、もう一杯飲みますか?」


 そんな僕に対して橘は何を言うでもなく、ただほほ笑んでコーヒーのおかわりを淹れる。


「ありがとう」


 橘が淹れてくれたコーヒーは熱く、そしていつもよりも苦く感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る