第29話 初恋の悪霊7

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 佐久間が憑りついている女性は姫柊奈央ヒメラギナオというらしい。


 現在二十五歳で、市内の企業に勤めているOLで、現在交際中の二つ年上の彼氏と結婚予定だという。


 パッと見た印象だと、いかにも今風の女性といった感じで、なるほど高校時代には佐久間みたいなガラの悪いとつるんでリア充集団の一翼を担っていたであろうことは容易に想像できる。


 しかし、一方で周りから耳にする彼女の評判はとても良く、明るくて気立てのよい女性であるとして社内や近所でも人気の高い人間であることは間違いなさそうだった。


「あー、いるんだよな。リア充のくせにそれを鼻にかけない性格のいい奴。正直に言うと、僕ああいうやつがちょっと苦手なんだよ。なんだよ、完璧超人かよ! 見ているだけで劣等感に苛まれるわ!」


「おい、自分の暗い過去を理由に人の初恋の人をディスってんじゃねぇよ」


 隣で僕に対して文句を言う佐久間。


 佐久間が何に未練を持っているのかを具体的に把握するため、僕たちはここ数日は常に一緒に行動してこの姫柊と呼ばれる女性を観察していたわけだけれど、観察してみてわかったことといえば、この姫柊という女性が本当にいい人だということくらいで、こんなガラの悪い悪霊もどきからは一刻も早く解放してあげたいと、そんな風に僕はいつになく無駄な正義感に駆られるまであった。


「まあその考えには同意するけども、てめぇ、どさくさに紛れて人のことを『悪霊もどき』とか言ってんじゃねぇ」


「いや、それについては事実だしな」


 僕はそんな幽霊の反発などどこ吹く風と言わんばかりに聞き流す。


 誠に不本意ながらも、この数日間行動をともに過ごしてしまったことでなんだか仲良くなってしまった感もある僕と佐久間だけれど、しかしながらそれでも手放しに信頼するわけにはいかない。


 僕はこの町の管理者で佐久間が幽霊である以上、最悪彼が悪霊化してしまった場合には僕が対応しなければいけないわけで、無駄に仲良くなって情が移るようなことはあってはならない。


「まあそもそも、そうならないようにこうやって僕たちは行動しているわけなんだけど」


「――?」


 ぽつりと僕がつぶやいた言葉は隣にいた佐久間にも聞こえることはなく、そっと風に溶けていった。


「なぁ、佐久間」


 ふいに僕は佐久間に声をかける。


「ん? どうした?」


「いや、本当にちょっと気になっただけだから、嫌なら別に答えてくれなくてもいいんだけどさ……」


「――? だから何だよ? 気持ち悪いな」


「なんであの姫柊って人を好きになったんだ?」


「…………」


 しばらく沈黙する佐久間を見て、さすがに踏み込みすぎたような気がして、


「ごめん、別に言いたくなかったらいいんだ。ただ――」


 慌ててなんでもなかったように訂正しようとする僕に対して


「――ブロッコリーを、俺の皿に入れてきたんだよ」


 と、僕の言葉を遮るように佐久間は言葉を続けた。


「ブロッコリー?」


 僕は首を傾げる。


「あいつとは中学の時にたまたま同じクラスになったんだ。今でこそ……というよりは死ぬ前の、高校生の頃はこんな感じでクラスの中でも目立った存在だったけどさ、当時は友達も少なかったし、全然目立った存在でもなかったんだ」


 佐久間は語りだした。――ゆっくりと。


「当時の給食の時間にさ、ブロッコリーのサラダが出たんだけど、あいつブロッコリー嫌いでさ。偶然近くの席だった俺の皿にブロッコリーを入れてきたんだよ。『はい、これあげる』って言っていたずらっぽく笑いながら」


「……そうか」


「我ながら単純だとは思うけどよ、それで……多分異性として意識するようになっちまったんだろうな」


「……本当に、単純なやつだな」


「ああ、自分でも呆れるけどよ。とはいえ、それからは結構頑張ったんだぜ? それまで気にしたこともなかったオシャレにも気を遣うようになったし、勉強もわりと頑張ってさ。そうやってあいつと同じ高校に通うようになる頃には今みたいな感じの……あー、お前らが言うところのリア充? って感じにはなっていたと思うぜ」


 どこか冗談めかした口調ながらも、佐久間はまるで懐かしい記憶を呼び覚ますようにゆっくりと語った。その表情はいつもの彼からは想像がつかないくらい優しい表情をしていた。


「……そうか、本当に……好きだったんだな」


 ぽつり、気が付くと僕もそんな言葉を漏らしてしまった。そんな僕に対して、


「ああ、本当に――好きだった」


 佐久間はやはり、優しい表情でそんな風に答えた。


 でも、悲しいくらいその言葉は過去形で、それが彼と彼の想い人との悲しいつながり方を象徴しているようで、なんだかこっちまで胸が苦しくなってしまった。


「幸せに――なってほしいよ」


 ここではないどこかをぼんやりと眺めながら、そんなことを漏らす佐久間に僕は、


「……そうだな」


 そんな風にしか答えることができなかった。

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