第28話 初恋の悪霊6
006
「わかった。何とかしよう」
気が付くと僕はそんな言葉を口にしていた。
隣で聞いていた橘も『マジかよ!?』と言わんばかりに驚いた顔をしていたけれど、結局のところ、やはり僕には選択肢などないのだ。この町の管理者である以上、悪霊化する可能性のある幽霊を野放しにすることはできない。
しかし、本当のことを言えば、彼に協力すると決めたのはそんな責任感のある理由ではなく、――単純に僕はこの佐久間という幽霊に同情してしまったのだ。
自ら望んだわけでもなく、それでも日々自分のことを忘れていく最愛の人をずっと傍で見守り続けることしかできなかった彼のことを。
「とはいえ、すぐに成仏させることができない以上、君の心残りが何なのかを明確に知る必要がある。だから、申し訳ないけれどしばらくは君と行動をともにさせてもらう」
「『行動をともに』っていうと……?」
……あれ? 少し前にもこんな展開ありませんでしたっけ?
自分で言っておきながら、僕はどこかデジャヴのようなものを感じていた。
「これからしばらく、君の想い人をストーキングさせてもらう!」
自分にとっても人生で初めてできた恋人と、明らかに不信感をあらわにした幽霊が見守る中、僕は高らかに宣言した。
◇◇◇◇◇
いつから『この世ならざるもの』と人間との間で揺れる主人公を描いたハートフルストーリーだと錯覚していた? 残念、本当は吸血鬼の力を得た思春期男子が女の子たちをストーキングする話だ!
……などという根も葉もないうわさを広められてもいけないので、きちんと釈明しておくと、佐久間を成仏させるためには彼の行動パターン――すなわち何に未練が残っているのか、ということをきちんと判断しないことには解決の糸口すら見つけるとこはできない。そのため、僕は彼の行動を逐一観察する必要があり、必然的にそれは、彼を縛っているその女性の行動を観察することにつながってしまう。――すなわち、
「僕に下心はない! 別に人妻と未婚者の境目である『婚約者』というアンモラルな響きに魅了されたわけでは決してないんだ! 信じてくれ! 僕が本当に愛しているのは橘、君だけなんだ!」
かっこよくストーカー宣言をしたのち、僕は依頼者である幽霊からは完全に背を向けて隣に立っている恋人に速攻で土下座をかました。
ふふ、僕だってだてにこのサイコパスな恋人といつも行動をともにしているわけではない。橘のことだ、どうせ僕が見知らぬ女性をストーキングしようものなら、またいつものようにヒステリーを起こすに決まっている。やれやれ、まったく困ったものだ。心配しなくても僕には下心など全くないというのに。
――が、しかし、
「……はぁ、もういいですよ。顔を上げてください、吸血鬼さん」
と、当の橘はため息をつくと少し呆れたように僕に言った。
「……? あれ? 橘さん? いつもみたいにヒステリーを起こして僕を殺害しないんですか?」
僕は顔だけを橘のほうに向けながら恐る恐る尋ねる。まあ我ながら、恋人と日常的にかわすにしてはなかなかパワーワード満載な会話だとは思うけれど。
「……吸血鬼さん、私はもう諦めました」
「…………?」
「だって吸血鬼さんってばいつもこんな風にラブコメ展開ばかりを繰り返すんですもの。だから、私はもう諦めたんです」
「えーっと……橘さん?」
……あ、ヤバい。これは本気でキレてるやつだ。
僕は直感的にそう理解すると、そのまま土下座の姿勢を崩すことなく、橘が口にする言葉に耳を傾けていた。
「吸血鬼さん? 私だってこれでも学習したんですよ? こんな風に吸血鬼さんがトラブルに巻き込まれて他の女とエンカウントするたびにヒステリーを起こしていては身が持ちませんから」
『ただでさえ吸血鬼さんよりも短い寿命がさらに縮んでしまいますから』と、そんなジョークを飛ばしながら橘は笑う。目はまったく笑っていないけども。
「だから、私も少しだけ譲歩することにしたんです。私だって吸血鬼さんに近づいてくる女を皆殺しにしていくのは本意ではありませんから」
「怖ぇよ!!」
こいつの場合はこれをジョークで言っているのか、それとも本気なのかわかりづらい。きっとジョークである……と信じたい。
「私も腹をくくることにしました。吸血鬼さんが何人の女と関係を持とうと私はもう止めません。泣きますけど――血の涙を流しますけど、止めません。吸血鬼さんが何人の女と寝ていてもいいんです。誰を愛そうがどんなに汚れようがかまいません。最後に私の横にいてくれればそれでいいんです」
「おい、僕の彼女はもしかして世紀末覇者拳王か何かだったのか!?」
いやー、どうりで強いと思った。確かにこいつ今にも『我が人生に一片の悔いなし!』とか言って消滅しそうだもん。……まあいつも消滅しているのは僕の方なんだけれど。
ふと、そんなやり取りの中、横で眺めていた佐久間の方を見ると、彼は何とも言えないような表情で、
「なんというか……まあ大変だな」
と、ただただ可哀そうなものを見るような目でこちらを見ていた。
『お前が言うな!』と、心の中で強くツッコんだけれど、そんな佐久間はそれでもどこか羨ましそうな目で僕たちのやり取りを眺めていた。
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