第24話 初恋の悪霊2

002


 恋人と手を繋いで歩けることが人間であることの一番の利点だと思う。


 繁華街に溢れる人間の群れも、ため息を吐いて電車に乗るスーツ姿のサラリーマンも、肩がぶつかっただけで舌打ちをする中年男性も、大声で世間話をする迷惑な主婦も、幸せそうなリア充カップルも、態度の悪い店員も、通行を妨害するキャッチセールスも、歩きスマホをしながら歩く防犯意識のかけらもない通行人も、――この瞬間に限っては全く気にならない。


「で、デートだ……。すごい、まるで普通のカップルみたいだ!?」


 僕はひたすら感動していた。いや、これに関しては冗談抜きで。


「吸血鬼さんてば、何を今さら普通のデートくらいで感動しているんですか? もう半分同棲まがいのこともしていて、すでにデートなんかよりもっとすごいことだって何度もしているのに」


 隣で歩く橘は不思議そうにそう返すけれど、


「橘……わかってない。君は何もわかっていない」


 と、僕は熱く胸の内を語る。


「そうなんだよ! 僕たちは一気に階段を上りすぎたんだ。一段飛ばしでは飽き足らず、階段をスキップで駆け上がった挙句、隣にあるあるエスカレーターを全力ダッシュしてしまうくらい一足飛びで駆け上がりすぎたんだ。だからこそ普通のカップルが経験するようなデートや付き合い出す前のあの甘酸っぱい時間が僕たちには必要だったんだよ!」


「はぁ……まあ吸血鬼さんがそれで満足してくれるなら私は一向に構いませんけど」


 なぜかテンションの赴くまま語る僕に橘はドン引きしたようで、どこか曖昧な返事だけを返す。


 うーん、納得がいかない。



◇◇◇◇◇


「マンネリ化している!」


 数日前、突如自宅で僕は叫んだ。


「……急にどうしたんですか?」


 キッチンで夕食の支度をしていた橘が手を止めて不思議そうな顔でこちらを見る。


 どうやら今晩はカレーらしい。なぜかぐつぐつ煮込んでいる鍋の中に橘が自分の髪の毛を入れようとしているような気がするけれど、まあそこには目をつぶろう。


「橘、最近僕たちマンネリ化してきているような気がするんだ」


 僕はこのシュールな状況に負けることなく、真剣な表情で自分の恋人に語りかける。


「マンネリ化?」


 キッチンではエプロン姿の橘が首をかしげている。……うーん、このシーンだけを切り取ると、とてつもなく可愛い。


「そう、毎日毎日同じようなことやアブノーマルなプレイの繰り返しで、このままじゃすぐにお互い飽きて倦怠期に突入してしまうと思うんだよ」


「そうですねー、まあ吸血鬼さんの言いたいことも分からなくもないですけど……」


 と、橘は僕の主張に一定の賛同は見せるものの、


「でも、そもそも私には吸血鬼さん以外の人と付き合うという選択肢がありませんからね。どのみち吸血鬼さんにフラれた時点で死ぬしかないので、正直なるようになるしかないというか……」


 ……重い!! 相変わらず愛が重いよ!!


「そんな寂しいこと言うなよ。だからこそ僕は君にずっと生きて傍にいてほしいと思っているんだぜ?」


 この状況でおそらく考え得る限り満点の回答が即座に出せる僕を誰か褒めてほしい。


 とはいえ、実際この回答は橘的にも合格だったようで


「――!? やばい、吸血鬼さん超かっこいい」


 と、少女漫画などでよく見る完全にハートを撃ち抜かれた乙女のような顔をしていた。


 どうしよう、また僕の彼女がメンヘラ力を高めてしまった気がする……。


「だ、だからこそこのあたりでお互い変化が必要だと思うんだよ。だから――ちょっと色々試してみないか?」


「―――試す?」

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