第18話 メデューサの恋9
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その後もメデューサは毎晩夏目の元に通った。
とはいえ、やっていることといえば、いつも他愛のない世間話をするくらいで、きっと付き合いたての中学生カップルが見ても赤面してしまうくらい、それはそれはプラトニックな関係だったのだけれど、それを見守る立場としてはどうしても複雑な感情を抱かざるを得なかった。
「もう最初にストーキングスキルを伝授してからずいぶん経ちましたけど、もはや歴戦のストーカーも真っ青というくらいに上達しましたね。自分で教えておきながらなんですが、彼女としては少し悲しいです」
僕の隣では橘がそんなことをどこか芝居がかった口調で言っていたけれど、それに関しては完全にスルーする。
そもそも、僕は今自分の部屋で橘と一緒にソファーでくつろいでいるわけで、厳密に言えばあの日以降僕は自分のストーキングスキルを発揮したことは一度もない。
少し冷静になって考えれば気づけたことなのだけれど、そもそも万能である吸血鬼がわざわざ自ら尾行する必要などなく、今は適当に作った使い魔を生成してメデューサを尾行させていた。
一応吸血鬼というイメージを崩さないように使い魔には黒いコウモリの姿を採用しているのだけれど、これに関しては橘からは不評だったようで、
「はー、なんというか……安直ですね」
と、どこか残念なものを見るような目で見られた。……解せない。
「まあでも、何だかんだ言いながらそうやって周りの目を気にするところ、私は可愛いと思いますよ」
隣に座る橘はニヤニヤしながらこちらを見る。
「うるせぇやい」
つい僕は悪態をつく。使い魔から送られてくる映像からも甘い雰囲気が流れているけれど、ことこれに関しては僕たちも人のことは言えないのかもしれない。
「――ん?」
と、僕はそのとき使い魔から見える視界の中に不自然な存在を確認した。
「どうかしたんですか?」
「……ちょっとまずいかもな」
僕はすぐにソファーから立ち上がると、軽く上着だけを羽織って玄関まで速足で駆け出す。
「いってらっしゃい、吸血鬼さん。気を付けてくださいね」
こちらを振り向くわけでもなく、後ろ手を振りながら呑気にそんな言葉をかける橘だったけれど、不思議なもので、そんな態度とは裏腹に彼女が僕の身を案じていることはしっかりと伝わってきた。
橘からすればきっと僕がまたろくでもない事に首を突っ込もうとしていることは分かっているのだろうけれど、それでも彼女は僕を引き留めることができない。それは物理的にも精神的にも不可能だったし、橘自身もきっとそれは分かっていた。
なので、きっと彼女はこんな風に何でもない風を装ってでしか僕を送り出すことができない。だから――
「必ず、帰って来るから」
と、僕は彼女を安心させるように、そんな言葉をかけて足早に家を出た。
夜の町はまだ明かりが消え切っておらず、所々に光っている町の明かりが星々の光を遮っているようだった。
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