第15話 メデューサの恋6
006
「昨日はお楽しみでしたね」
目が覚めると枕元で橘が僕にささやく。
「お楽しみだったのは君だけだろ」
間違いなく僕にとっては地獄だった。本当に冗談抜きで死ぬかと思った……もちろん何度か死んだけれど。
悲しいかなもはや見慣れてしまったこの光景には特にツッコミを入れることもなく、淡々と僕は朝の支度を済ませる。
目が覚めると、いつの間にか部屋に侵入した自分の恋人が笑顔で起こしてくれるという一般的にみるとサイコパス感溢れる状況については、いわば僕の人生におけるバグのようなものだとすでに割り切っている。こんなことで一々リアクションをとっていては橘との恋人関係は続かない。
「それで? 吸血鬼さんの今日のご予定は?」
橘は紅茶を飲みながら尋ねる。
「昼は普通に大学に行くよ。今日は必修の授業が入ってるからな。それから夜は昨日会ったメデューサの周りを調査するつもりだよ」
「お願いですからストーカー容疑で捕まらないようにしてくださいね。さすがに留置所まで朝食を届けに行くのは手間がかかりますから」
「絶対に君にだけは言われたくないセリフだな」
そもそもストーカーではなく調査だ。まあ実際のところ、メデューサをストーキングしたところで犯罪に問われるかどうかは怪しいところだけれど。やった、合法だ!
「何か気になるんですか?」
ぽつりと、しかしどこか不安げな声色も含みながら橘が尋ねる。
「……別に」
僕は橘から目をそらしてコーヒーを少しすする。
「気付いてますか? 吸血鬼さんって嘘を吐くときにはいつもそうやって目をそらすんですよ」
「…………」
「ほら、ちゃんとこっちを見てください。私と目を合わせても石にはなりませんよ?」
そう言って橘は優しく微笑む。
「……本当に君はよく見てるね」
「ええ。私、吸血鬼さんのこと愛してますから」
悔しいけれど橘の笑顔はとても綺麗で、彼女と目を合わせてしまうと、石にならない代わりに、どうしても自分の思いを吐露せずにはいられなくなってしまう。やはり、彼女はずるい女だと思う。
「……ごめん、別に嘘を吐くつもりじゃなかったんだ。ただ――少し似ていると思ってさ」
「似ている?」
「そう、僕たちにね」
「――? ああ、なるほど。そういうことですか」
そう言うと橘は少し安心したようにつぶやくと、突然僕の飲んでいたコーヒーカップを手に取って飲み始める。
「コーヒーは苦手じゃなかったの?」
「苦手ですよ」
橘は苦みをこらえながら答える。
「なら無理して飲まなくても……」
しかし、橘は僕の制止など聞かず、その後も飲み続けてすぐにコーヒーカップの中身は空になった。
「はぁ、はぁ、はぁ……愛のなせる業ですね」
自信満々で僕にどや顔を決め込む橘に対して
「そうだね」
と、僕は素直に微笑んだ。
もちろん、今度は目をそらすことはしなかった。
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