第13話 メデューサの恋4

004


「ほら、だから吸血鬼さんはラノベ主人公だって言ったでしょ?」


 ぼんやりと先ほど起こった出来事を思い返していると、見るからに不機嫌そうな様子で橘がそんなことを口にする。


「あれですか? やっぱり私がメインの回が終了してしまったから、これからはどんどんモブキャラ化していくんですか? そうなんですか?」


 いや、知らんがな。


 と、猛烈にツッコミを入れたかったけれど、残念ながら今の僕には言葉を発することすらできない。……大丈夫だって。一応君はメインヒロインなんだからよっぽど変な行動さえしなければ今のポジションをキープできるって。


 まあ『変な行動』という点においてはもうイエローカードどころか、すでにレッドカード一発退場級の行動をとっているような気はしないでもないけれど。


「えい!」


 と、橘はそんな可愛い掛け声とともに僕にビンタをする。


 ――ペチッ


 と、そんな可愛い音とは対照的に僕に対して甚大なダメージを与えるその攻撃によって僕の体はまたあっけなく消滅した。



◇◇◇◇◇


「え、何!? 急にどうしたの!?」


 逆に心配になった僕は生き返ってすぐ橘に駆け寄る。


 これに関しては結果オーライと言うべきだけれど、どうやら一度体が消滅したことによって石化が解けたらしい。いや本当によかったよかった。


「ってそんなわけないだろ!? 何? 本当にどうしたの!?」


 悲しいかな橘と付き合い出してから殺されることには慣れてしまったけれど、今日の橘からはいつも以上の狂気を感じる。


「まあ可愛い彼女の可愛い嫉妬とでも捉えてください」


 どうやら僕の彼女は嫉妬すると平気で恋人を殺害するらしい。……まあ知ってたけど。


「えっと……あの、大丈夫なんですか?」


 と、先ほどのメデューサが僕たちから目をそらしながら恐る恐る尋ねてくる。


 きっとメデューサが目を合わせないようにしているのは僕たちが石化してしまうのを案じているからであって、僕たちの一連のやり取りを見てドン引きしているからではないと信じたい。よく見ると、先ほどよりも若干距離をとられているようなきがするけれど、それはきっと気のせいだろう。


「えーっと、すいません、お見苦しいところをお見せしました」


 僕は気を取り直してメデューサに向き合う。もちろんまた目を合わせてしまわないように細心の注意を払いながら。


 また石化してしまうのは特になんてことはないのだけれど、なんだかんだ言いながらもできて間もない恋人から嫉妬の炎で殺害されてはたまったものではない。こういう気づかいこそが恋人関係を維持していく上ではきっと重要なのだろう……と思う。


「い、いえ……そ、それより大丈夫なんですか? その……石にしてしまったんですけど」


「ああ、あのくらいなら全然問題ないです」

 恐る恐るといった感じで僕に尋ねるメデューサに対して僕は何でもないことのように答える。まあこれに関しては実際何でもないことなのだし。


「えっと、失礼ですけど、吸血鬼なんですか?」


「はい。あとついでに言えば、この公園をはじめとしてここ近辺の管理を担当しています」


「……そうですか。では私は『導かれてしまった』んですね」


 メデューサは少し顔をくもらせる。


「まあおそらくそうでしょうね」


 確か僕が石化される直前、彼女は『道に迷った』と言っていた。おそらく『この世ならざるもの』を呼び込むエアスポットでもあるこの公園に無意識に吸い寄せられたのだろう。


「それでは、あなた方は私を排除する側の存在なのですか?」


 瞬間、メデューサが纏う覇気を強めた。


「安心してください。こうやって話も通じるようですし、見たところ人間に危害を与えたりする感じでもないようですから、特に何かしようとは思っていませんよ」


 対して、僕はあくまで穏便に済ませようとする。もちろん実際に戦ってしまえば吸血鬼である僕が負けるわけはないのだけれど、しかしそれでも相手は神話の時代から登場するメデューサなのだ。できるだけ穏便に済ませることに越したことはない。


「まああなたが私の吸血鬼さんを誘惑しない限りはね」


 突如、橘が会話に口をはさむ。……いや何言ってんのこいつ?


「えーっと、ははは……」


 ほら見ろ、メデューサも愛想笑いしてるじゃないか。どうしてくれるんだこの空気。


「とにかく!」


 と、僕は雰囲気を切り替えるように少し声を強める。


「僕たちとしてはあなたが人間に危害を加えない限りは特に何もしません。それについては安心してください」


「ありがとうございます。よかったです。私としても吸血鬼などと戦っては生き残れる自信はありませんから。それに――」


「それに?」


「私、もうすぐこの町を出て行くつもりなんです」


「…………」


 珍しいな――と、それが率直な感想だった。


 多くの場合『この世ならざるもの』はその地域に長く住みついていることが多く、その土地を離れたという事例は僕の知る限りではそんなにはないはずだ。


「あ、別に何か人間たちと上手くいってないわけじゃないんですよ? 全然別の理由です」


 と、メデューサは何かを察したように補足する。


 正直、僕はそれを聞いて少し安心した。僕が知っている中では、『この世ならざるもの』が住んでいる土地を離れてしまう多くの理由は人間から迫害を受けることだからだ。


 基本的には人間たちとは接することのない存在ではあるものの、それでも彼女たちが人間たちと折り合いをつけながら存在し続けるのはやはり難しい。そういう意味では僕や橘は半端な存在であるため幾分かましだった。


「ただ――」


「――?」


 何か言いたげなメデューサの次の言葉を僕は少し首をかしげながら待った。




「ただ――最後に会いたい人がいるんです」




 と、メデューサはまるで恋する乙女のような澄んだ瞳で告げた。


 少しだけ、本当に少しだけ僕は彼女の目を見ることができないことを悔しいと思った。

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