第7話 死を呼ぶ少女7

007


「もう、吸血鬼さんがあんなに抵抗するから家を出るのが遅くなったじゃないですか!」


 まるですべての非が僕にあるかのような口調で橘は言う。


「それで? 何で僕たちはこんな風に仲良く一緒に登校しているのかな?」


 僕は橘の非難は無視して、呆れたようにそう尋ねた。


「あら意外ですね? 吸血鬼さん的にはこれは『仲良く』登校しているように見えるのかしら?」


「喧嘩を売っているのなら遠慮せずに言ってくれれば言い値で買うよ?」


 そう。あの後、僕たちはなぜか……というよりはなし崩し的に一緒に家を出て学校に向かって歩いていた。


 とはいっても、僕は大学、橘は高校へ向かうため、一緒に歩けるのは最寄り駅までであり、時間としては精々十分もないくらいなのだが。


「橘もさ、日中まで僕なんかに構っていないで、友達とかと通学しないの?」


 僕としては軽い気持ちで聞いた質問だった。


「……友達はいません。私は……ずっと一人でした」


 と、橘はすました顔でそう答える。

 俯くわけでも、寂しそうに表情を曇らせるわけでもなく、何でもない風に橘はそう言うのだ。


「……そっか。まあそんなこともあるよな」


 でも、それは本当に何とも思っていないわけではなくて、きっと何でもない風にしかまだ話すことができないだけなのだと、何となくそう思った。

 こんな風に誰かの心の機微や感情を理解するなんて僕には珍しいことだったけれど、それでも不思議と僕には橘の気持ちが分かった。


 ――なぜなら、その感情は僕もかつて抱いていたものだったから。


「じゃあ、私はここで」


 気が付くといつの間にか駅に着いていた。

 橘は電車に、僕はバスに乗るため、それぞれ別方向へ歩き出す。


「……じゃあ、またな」


 そんな僕の言葉が届いているのかいないのかもわからないまま、橘は改札を通り抜ける人の波に飲みこまれていった。


 駅には死んだ目をしたサラリーマンたちがゾンビさながらによろよろとした足取りで橘と同じように改札に吸い込まれていた。ひょっとしたら彼らも僕と同じで朝が苦手なのかもしれない。


「『またな』……か」


 こんな時、言葉は正直だと思う。こんな風に不意に出た言葉にはどうしても本心が宿ってしまう。


「はぁ」


 僕は大きくため息をつくと、改札に吸い込まれていくゾンビたちに背を向けてしっかりとした足取りでバス停まで歩いて行った。

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