第5話 死を呼ぶ少女5
005
「そういえば、昨日聞きそびれてしまいましたけど、吸血鬼さんはどうしていつもこの公園にいるんですか?」
昨日と同じく、夜の公園での何気ない世間話から、橘は僕に尋ねた。
「だから、この町を守るためだよ」
「ほら、すぐそうやってはぐらかす!」
そう言ってまた橘は頬を膨らませる。
まああえてここで補足させてもらうとするならば、昨日その話ができなかったのは橘が突然僕に抱き着いてきたからなのだが……。
「はぁ……この公園はちょっとしたエアスポットなんだよ」
僕は諦めて話すことにした。
「エアスポット?」
橘は首をかしげる。
「そう、エアスポット。霊的な力というか、ようするにここには人間から見てよくないものが溜まりやすい空間になっているんだよ」
「へー、つまり吸血鬼さんは毎晩この公園を見張ることで、この町に集まってくるよくないものたちから町を守っているの?」
「話が早くて助かるよ」
でも勘のいいガキは嫌いだよ。
まあ大体のところは橘が今話した通りなのだけれど、厳密に言うならば、人間たちとは違う存在、いわゆる『この世ならざるもの』たちの中にも大きく二種類いる。
簡単に言えば、人間たちに害をなすものと、無害なものに二極化されるわけだけれど、この公園に来るものたちがどちらなのかは分からない。そのため、前回の狼男のように人間にとって危険な存在であれば実力行使に移ることもあるし、話が通じるようであれば話し合いで解決していくこともある。
ちなみに僕自身は吸血鬼なんて物騒な存在でありながらも、できるだけ後者の選択肢をとることを心掛けている。
「ようするに、この公園にはこの世ならざる存在がいっぱい集まるから管理が必要ってことさ」
「ふーん、それって私みたいなののことですか?」
「いやいや、君なんか可愛いものだよ」
「……今の言葉、セクハラですよ?」
「コンプライアンス!?」
と、僕たちがそんな他愛のないやり取りをしていると、
「でも不思議。吸血鬼さんはそんなに特別な力を持っているのにそれでも人間側の味方でいるんですね」
と、橘は何気ない感じでそんなことを言った。
「…………」
僕はそれに対して何も言えなかった。だって、そんなこと考えたこともなかったから。自分が人間以外の立場に立つ可能性なんて、情けないことに僕は一度だって考えたことがなかった。
しかし、そんな僕に対して、
「――偉いんですね」
と、橘はそんな予想だにしない一言を言った。
「……偉い?」
「ええ、偉いと思います」
咄嗟に聞き返した僕に対して橘は笑顔でそう答える。
その笑顔はとても自信に満ち溢れていて、まるで何か確信めいたものを感じているようだった。
「どうしてそう思うの?」
だから、つい僕はそんな風に尋ねてしまった。
「だって、吸血鬼さんはそんな風に特別な力を持っていながらも、それでも人でありたいと思っているんでしょう? きっとそれはとても立派なことだと思います。だって、それは自分の力に溺れていないということですから」
「……違うよ。そうじゃない、そんな立派なものじゃ……ないんだ」
「どうして?」
僕は俯きがちに答える僕に対して、橘は心底不思議そうな顔で尋ねる。
「僕は、別に人でありたいと思っているわけじゃない。僕は……ただ人と異なることが怖いだけなんだよ」
「昨日は特別な存在になりたいと言っていたのに?」
「ああ、滑稽だろ?」
僕は自嘲気味に笑う。
「…………」
橘は少し考え込んだようなそぶりを見せて
「うん、やっぱりそれでも吸血鬼さんは立派だと思います」
と、またそんなよく分からないことを言った。
「……どうして?」
そうやって、僕はまるで不貞腐れた子どものような態度で聞き返す。
「だって、吸血鬼さんは恐れているんですよね? 人ではなくなってしまうことが。それは人間でありたいと思うことと何が違うんですか?」
「…………」
僕はまた答えられなかった。
だって、そんな風に誰かが自分のことを肯定してくれることなんてこれまでなかったから。
「特別な存在になりたいだなんて、人なら誰でも一度は願うものでしょう? 特に私たちみたいな思春期真っ盛りの年齢ならなおさら。だから、そんなに強い力を持っているのに、私たちと同じようにそんなくだらないことで悩んでいる吸血鬼さんのことを私はやっぱり立派だと思います」
「…………」
「『人間らしい』と、そう言いかえてもいいかもしれませんね」
そう言って橘は僕に微笑みかける。
月明かりに照らされた彼女のその笑顔を僕は心から美しいと思った。
「……ありがとう」
不意にそんな言葉がこぼれた。
でも昨日とは違って、その言葉を発したことに何一つ不思議はなかった。
「吸血鬼さん」
「――? 何?」
感傷的な雰囲気に浸っている僕を遮るように突然橘が僕に声をかける。
「……私と付き合ってください」
「え? 嫌だ」
秒で断った。
本当に、何の迷いもなく一瞬で決断できた。
人生で初めて女の子から告白された上に相手がこんな美少女となれば、普通の男子大学生であれば全力ダッシュで鉄棒へかけよって、そのまま新月面宙返りを披露しながら栄光の架橋を歌い出すのが一般的な反応だと思う。
でも残念ながら、僕はこんなメンヘラ殺戮兵器と仲良くやっていく自信はない。というかむしろ何でこいつは突然僕に告白してきたの? 正直言って怖い……。
「何で断るんですか!? 信じられない!? 分かってますか? JKですよ? JK!」
相変わらず橘は自らの唯一の加点要素であるJKブランドを押すものの、正直そんなものは全く気にならない。絶対に恋愛対象としてはみれない。だって死にたくないから。
「大丈夫ですよ! 二人で長い時間を過ごしていけばきっと死ぬことにだって慣れてくるはずです!」
「殺さない努力はしてくれないのな」
「それは無理です。諦めてください」
……とんだサイコパス野郎だった。まあ知ってたけども。
「付き合ってくれないと……殺しますよ?」
橘はフリ〇ザ様も青ざめるような迫力で僕を睨みつける。
「ま、待って。そもそも、君が僕を好きになる要素なんてなかっただろ?」
僕は必死で橘を制止しながら問いただす。
「……一目惚れです」
「出会ってすぐ君に殺されたような気がするけど?」
「……大人っぽいところに惹かれて」
「いい年してブランコに乗っているやつを大人っぽいと思うのなら病院に行った方がいい」
「きっと私たちが出会ったのは運命だったんです!」
「ならその幻想をぶち壊す!」
「ぐぬぬ……」
橘はまるで悪事がバレた後の悪役のような呻き声を出しながら少し悩んだ後、
「私は絶対に諦めませんからね!」
と涙目になりながら僕に抱き着いてくる。
「――ちょ、待て!?」
◇◇◇◇◇
その後、いつものように僕の体は消滅して、目を覚ました時にはもう橘の姿はなかった。
「……アイツめ」
恨みを込めてそんな風に言っていた僕だったけれど、
「……やっぱりもったいないことしたかな?」
と、誠に遺憾ながらも、言葉とは裏腹にそんなことを思う気持ちも確かにあったのだった。
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