第4話 死を呼ぶ少女4

004


「ねぇ、吸血鬼さんはどうしていつも夜になるとこの公園に現れるの?」


「ん? それはね、悪いやつからこの町を守るためだよ」


「あら、かっこいい」


 僕がいつものように公園にやってくると、昨日と同じく橘がブランコを漕いでいた。

 唯一違っていたのは乗っているブランコの位置が、昨日とは反対であったこと。なので、昨日僕が乗っていた方に橘が乗って、昨日橘が乗っていた方に僕が乗っていた。


「昨日とは逆なんだね?」


 僕が尋ねると、


「何となく昨日の吸血鬼さんと同じところに座ってみたくなったの」


「へー、そうなんだ」

 などと納得した風を装ってみたものの、実際には何一つ理解できていなかった。え? 何この子? 怖い……。


「冗談ですよ。特に理由なんてありませんから安心してください」


 橘はいたずらっぽい笑みを浮かべてこちらを見る。


 どうやら、僕は彼女の手の上で踊らされていたらしい。まあ一歩間違えれば自身の好感度が急降下する可能性のあるジョークを飛ばしてまで手の上で踊ってほしいのかは疑問が残るけれど。


「えい!」


 橘はそんな可愛い声を出したかと思うと、ブランコの反動を使って、そのまま僕の背中を思いっきり叩いた。


「――痛てぇ!?」


 と、言うが早いか、僕の体はすぐに消滅した。



◇◇◇◇◇


「急にどうしたの!?」


 再生した僕は、逆に心配になって橘に恐る恐る問いかけた。我ながら殺されておいてこのセリフはどうかとは思うけれど。


「ごめんなさい。こうやって吸血鬼さんに触れることが嬉しくてつい……」


『つい』で殺されてはたまったものではない。


「ねぇ、そんなことよりも私聞きたいことがあるんです」


 知り合いを殺したことを『そんなこと』呼ばわりする橘に心底ぞっとしたけれど、まあ僕たちの人間性など所詮一般社会からみればどちらも吹けば飛ぶような違いしかないと思いなおして、


「何? 聞きたいことって?」


 と、僕は先を促す。これに関しても我ながら少し優しすぎるような気もするけれど……。


 誓ってもいいが、橘が美人じゃなかったら顔面をグーパンしていた自信がある。まあもちろんその際にはもれなく橘を殴った僕も一回死ぬわけだけど。


「吸血鬼さんはどうして吸血鬼になっちゃったの?」


「君、なかなかぶっこんでくるね」


「ねぇ、教えてくださいよ」


 橘はそう言うと、ブランコを降りて、器用にも上目遣いをキープしたまま僕に近寄ってくる。


 そんな橘の上目遣いはとても魅力的ではあるけれど、しかしそれ以上に僕に近寄ってくる橘の存在は殺人兵器以外の何物でもないので、彼女が近寄ってきた分だけ、僕は後ずさった。


「ねぇ、教えてくださいよ」


「分かった。分かったから近づいてこないで」


 僕は、おそらくこんな美人相手にもう一生言うことのないであろう贅沢なセリフを口にして橘を追いやった。


「やった!」


 喜ぶ橘。しかし悲しいかな、そこには打算の色は見えない。……こういうのが心底たちが悪い。


「はぁ……本当は別に吸血鬼になりたかったわけじゃなかったんだ」


 僕は観念したようにため息を吐きながら、ゆっくりと話し始めた。


「――?」


 首をかしげる橘。


「ただ何か特別な存在になりたかったんだ」


「…………」


「そして、僕にとってはそれが吸血鬼だった。ただそれだけだよ」


 そう言うと僕はすべて話し終えたと言わんばかりに、そそくさと橘から距離をとった。


「……え? 何ですかそれ? 全然説明になってないんですけど?」


 頬を膨らませる橘。……悔しいがとても可愛い。


「今日はここまでだよ。もっと時間をかけて問いただせばもう少ししゃべるようになるかもね」


 そう言って僕ははぐらかしたつもりだったが、


「……分かりました。じゃあずっとこうやって吸血鬼さんと一緒にいていつか話してくれるのを待っていますね」


 と、そう言って橘は微笑む。それはまるで何か覚悟を決めたような穏やかな表情だった。


「……ありがとう」


 なぜか僕はぶっきらぼうにお礼を言う。なぜ自分が突然橘に対して感謝の言葉を口にしたのかはよく分からない。まあ強いて言うならば、きっと僕は寂しかったのだろう。

 だから、こうやって橘が僕とこれからも一緒にいてくれると言ってくれたことがたまらなく嬉しかったのだと思う。


 そんな風に僕が物思いに退けっていると、


「えい!」


 と、またそんな可愛い掛け声とともに橘は――今度は僕に抱き着いてきた。


「あ、え……!?」


 おどおどする僕に対して、橘はにやりと笑って僕の方を見る。

 その橘の笑顔を見て僕が何を感じたのか、それすらも分からないままに僕はまた消滅してしまった。


 目を覚ますと、橘は公園から去っていて、無人のブランコが先ほどまで誰かが乗っていたことを示すようにぎしぎしと音を立てて動いているだけだった。

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