終決と鬼神。
「姉上……この国は、私が守ります。必ずや、力を取り戻し、ユーフォリアを制圧してみせます!! だから……姉上は、いつまでも天になど登らず近くで見守っていて下さい」
リンロンは血だらけの資料を掻き集めると、新たな瓦礫が降ってくる前に城を脱出する。
そして、彼女が密かに暗器の倉庫として使っていたボロボロの空き家へ駆け込み、地下室へ続く階段を下ると、部屋の中へ資料を乱暴に放り込んだ。
地下ならばおそらくドラゴン達のブレスにも耐え得る筈だ。
奴らの目的がこの国を機能しなくさせる事、では無く完全に消滅させる事だとしたらどこに保存しても無駄だと言う事になる。
ならば保管場所はここでいい。
ここが駄目ならどこでも駄目だ。
そう判断しての事だった。
地下室へ続く入り口を入念に塞ぎ、彼女は再び街へ飛び出す。
「やはりこのまま全てが終わるのを震えて待つ事など出来ない!」
リンロンは今まで国民を、国を豊かにするための道具としか考えていなかった。
今もその認識は大きく変わっていない。
しかし、今は姉が自分に託した物の一部である。
蹂躙を見過ごす事はできなかった。
一人でも多く助けなくては。
この帝国が再び再建するために、民は必要不可欠である。
彼女は街を駆け回り、避難誘導に尽力した。
せめて、少しでも中心部から遠ざければ生き残る可能性も上がる。
そして……。
街をちょろちょろと動き回る彼女にドラゴンの一体が狙いを付ける。
リンロンもそれに気付いたが、完全に視界に捉えられている上に今いる場所の建物はほぼ倒壊しており隠れる場所が無い。
「こ、ここまでか……申し訳有りません姉上……約束は、守れそうに有りません。私もそちらに……」
彼女が覚悟を決めたその時、視界が真っ赤に染まる。
炎の赤ではなかった。
一人の男性がリンロンの前に飛び出し、身を呈して炎を受けた。
その彼の身に纏っていた黒いマントの裏地の色であった。
「馬鹿な! 死にたいのか!?」
「おいおい、助けてやったのに酷い言い草だな……俺が死んでるように見えるか?」
確かに炎の直撃を受けていた筈だ。
あれを身に受けて死なないだと?
「大丈夫か? よし、生きてるな。だったら早く逃げな。あいつは俺達に任せておけ」
そう言って彼は笑う。
「ちょっとアンタ! もう少し考えて行動しなさいよね! 私の障壁が間に合わなかったらどうする気だったの!?」
もう一人、小柄な魔道士風の少女がふわりとどこからか飛んできて彼に罵声を飛ばしている。
どう見てもその人物達はロンシャンの人間ではなかった。
特に魔道士の少女。耳が、尖っている。
実物を見るのは初めてだがあれはエルフだ。
ユーフォリア大陸の辺境に住んでいるというエルフ族が何故こんな所に……?
リンロンはあまりの出来事に放心し、感謝を伝える事すら忘れていた。
「あわわわ! お気に入りのフード付きマントが!!」
突然彼のマントが火に包まれる。少女の魔法が間に合わず、マントの端の方を守れていなかったようでじわりと燃え広がったのだろう。
「あんの野郎!! 絶対ぶっ殺してやる!!」
そう叫び、彼は空高く舞い上がる。
飛翔の魔法では無い。
ただ純粋なるジャンプ力のみでドラゴンへ向かって飛んだ。
「……なんなんだ、あの非常識な生き物は……!」
リンロンの驚愕はそれだけでは終わらない。
なんと、空高く飛び上がった彼はそのままドラゴンの頭を殴りつけた。
そして、いとも簡単にドラゴンの頭がぐちゃりと吹き飛び街に血の雨を降らせる。
残った体が落下する前に、さらにそれを踏み台にして次のドラゴンへ飛び移り、再び殴り殺していく。
「あれは何者だ!! 鬼か!? 悪魔か!?」
その場に残った少女を勢い任せに問いつめるが、彼女はボソリと一言呟くのみであった。
「鬼……そうね、あれは鬼神よ」
鬼神。
その言葉を残し、少女もまたどこかへ飛び去ってしまう。
ユーフォリアにはあんな化物がいるのか?
ドラゴンの炎をたやすく防ぐ魔法を使うエルフ。
ドラゴンを拳一つで殴り殺す鬼神。
そんな国をどうやって滅ぼせと言うのか。
リンロンは、帝国が救われていくその瞬間、今まで味わったことの無い絶望に打ちひしがれていた。
しかし、生き残ってしまった以上諦めるつもりは無い。
必ずやこの国を復興させ、いつの日かユーフォリア大陸を火の海に沈めてくれよう。
絶望と共に、確かな決意を胸に灯して少女は歩き出す。
全てのドラゴンが鬼神によって葬られた後、リンロンは思い至った。上手く交渉すれば味方に引き込めるのではないか?
慌てて彼の姿を探してみたが既に彼らの姿は見つけられなかった。
ただ、どこからともなく彼の物と思われる叫び声だけが響く。
「うるせぇぇぇ! 知らねぇぇぇ!!」
と。
リンロンが鬼神セスティの名を知るのはそれからしばらく先の事である。
さらに言えば、鬼神と再会した時、彼はなぜか彼女であったのだがそれはまた別の、些細では無いお話である。
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