せめて姉として。


同日、朝食後。


「これで簡単に死んでくれれば良いのだけれど」


シャオランは厨房係に忍ばせた刺客に毒を盛るよう指示し、その後具合が悪いと部屋に籠もる妹を見てほくそ笑む。


一抹の不安は消えないが、少しでも妹に障害でも残ればいい。そう考えていた。



「何の話です?」


耳聡く呟きを聞き取った技術顧問のウォンに、「何でもないわ」と、それ以上聞くなという圧力のこもった声を投げる。


「何でもいいんですがね、先日貰った玉っころ、とても具合が良いんですよ。物凄い武器が出来そうなんで後でお見せします」



「そう、それは楽しみね」


正直言えばシャオランにとって武器などどうでも良かった。


「それより、例の件はどうなっているの?」


「金毛九尾の件ですね? それも人体実験の段階に入りました」


それを聞いてシャオランは広角を釣り上げた。


それさえ完成してしまえばあの神すら出し抜ける。

必ず、ディレクシアを滅ぼし、神すら滅してみせよう。


シャオランがそう決意したのとほぼ同時。

城の外では惨劇が始まっていた。


それに気付いた彼女は、妹が失敗してデイレクシアが攻め込んで来たものと思い、このままではいけないと父に報告へ向かう。


その最中、部屋から飛び出してきたリンロンと鉢合わせてしまった。



リンロンは思ったよりも元気そうで、いつもと変わらないように見える。


毒は効いていないのか、そればかりが気になっていたのだが、まずは外で何が起きているのか、これはリンロンのせいなのかと問い詰めようとした。



しかし……リンロンの口から発せられた言葉にシャオランは言葉を失う。


時期国王は安全な所に避難していろ。


それは、シャオランが皇位を継げないであろう事実に対する皮肉だ。

彼女はそう感じたが、シャオランが国を第一に考える類の人間なのは分かっている。

こんな状況下で、わざわざ時期国王という言葉を使った意味は?


リンロンが明確に自分の事を時期国王などと呼んだ事は無かった。


だからこその皮肉とも取れるが、シャオランはそういう回りくどいやり方、言い方はしない。


それは彼女が姉として、リンロンの事を正しく理解している数少ない事実であった。



「リンロン……貴女はいったい何を考えているの……?」


まぁいい。この状況がリンロンの責任であればどの道皇位は自分が手にするのだ。


そう思い直し、王の元へ急ぐ。

途中、窓から見えたドラゴンの群れに思考が途切れるが、今はとにかく報告を急いだ。


しかし、彼女が王の元へ辿り着いた時目にしたのは、倒れ込む王の姿と、今一番見たく無い相手であった。


「やぁ、少々おいたが過ぎるのではないかね?」


「な、何故貴方が……父上に何をした!?」


目の前の相手、神であるアルプトラウムは不思議そうに告げた。


「何もしていないさ。君の娘のせいでこの国は今日滅びる事になると教えてあげたら急に倒れたんだ。心臓でも悪かったのではないかな?」


「そんな偶然があるはず無いでしょう! 父は、死んだの?」


「さて、どうだか。興味がないものでね」


アルプトラウムはそう言って空虚な笑顔を見せる。


「しかし、彼が死んだ今……この国は君の物だ」


「……」


シャオランは素直に喜ぶことが出来ずにいる。

父が死んでしまったから、ではない。

むしろ、彼女にとって父とは自分が王になる為には一番邪魔な存在であったのだから、身内が死んだ悲しみよりも壁が取り払われた喜びの方が勝っていた。


しかし、ならば何故心が晴れぬのか。

それはリンロンの事に他ならない。


シャオランはどんな手を使っても皇位を手にするつもりであったし、最終的には全てが上手く行って自分が認められ、名実ともにこの帝国を統べる王となるはずだった。


それがどうだろう。

当のリンロンは自分を時期国王だと言い、現国王はあっさりと死んでしまった。


なし崩し的に手にいれた王の座は、とても空っぽである。


そこに至れば彼女は満たされる筈だった。

自分の中身を讃美の声で埋め尽くせる筈だった。


「おめでとう。新しい王様を心から祝福しようじゃないか」


「そんな祝福……要らないわよ」


「そう言わず素直に喜べばいい。何せ今しか喜べる時が無いのだから」


その言葉にシャオランはすべてを悟った。


「外の騒ぎは貴方の差し金?」


「君はどうやら私の期待に応えず、むしろ邪魔をしようとしているようだからね。この駒はもう要らない」


駒。

シャオランの事ではなく、この神はロンシャン帝国をこの【駒】と言い放った。


この国が自分のせいで滅ぶ。

リンロンに顔向けが出来ない。

やはり自分は駄目な姉であった。


「やめておきたまえ」


アルプトラウムはシャオランが刺し違える覚悟で飛びかかろうとしたのを見抜いている。


「ここに居るのは実体では無い。飛びかかってもすり抜けて君の父親を踏みつけるだけだよ」



それが事実ならば、確かにアルプトラウムがランファンを手にかけた訳ではないのかもしれない。


しかしそんな事はシャオランにはどうでもよ、かった。


神が直接ここに来ていないのならばまだ一矢報いる事が出来る。



「まだ終わりじゃない。最後に少しばかり楽しませてあげるわ」


「ほう? では見届けようじゃないか。健闘を祈るよ」


それだけ言うと神の姿は消えてなくなってしまった。


ならば好都合とシャオランは城の下層へと走る。


「ウォン! ウォンはいないの!?」


「シ、シャオラン様! 外のあれはいったい……!!」


「説明は後よ! あの小賢しいドラゴン共に貴方の兵器をぶちかましてやりなさい!」


「い、いいんですかい!?」


「早くしろ!!」


「了解!!」



ウォンが日頃から、自ら作り出した兵器の試し撃ちをしたくてウズウズしていたのをシャオランは知っている。


本当ならば魔導兵装も出撃させたいところであったが、秘密裏に開発していた故の弊害で、使える者の育成などが進んでいるはずも無かった。


彼は喜び勇んで魔導砲の準備にとりかかる。

元はアルプトラウムから得た知識、技術により生み出された平気であったが、シャオランとウォンの研究により素の状態から四割程威力を増している計算である。


それならばいくら神が遣わしたドラゴンといえど駆逐できる。


シャオランはそう疑わなかった。



しかし、照準を合わせ、発せられた衝撃はドラゴンのうち一体を消滅させるまでに留まってしまう。


更に言えば、無理な改修により、一撃放ったところで砲身が極度に熱を帯び、次弾装填が遅れてしまった。


その間に城はドラゴン達の総攻撃を受け、無惨にも融解していく。


幸い下層はその限りでは無かったが、そこまで運はシャオランに味方しなかった。


融解により所々穴空きになってしまった城は自重で崩れ、瓦礫の山を彼女に降らせる。


まずシャオランの目の前でウォンが瓦礫に潰された。


「くっ……ここで終わる訳には……」


せめて、皇女として、姉として研究の成果をリンロンに残したい。

いつか、この帝国が再建し、再びユーフォリア大陸を蹂躙できるほどになるまで、この知識を残しておきたかった。


シャオランは魔導砲、魔導兵装、そして荒神に関する資料をまとめ、大事に抱きかかえると城の外を目指す。


正確には、目指そうとした。


しかし、そんな彼女の頭上にも瓦礫は降り注ぐ。


頭を強く打ち付け意識を失った彼女が、妹の声により目覚めたのはそれから数分の後であった。



「姉上! 姉上ぇぇ!!」


シャオランはぼんやりとした意識の中で思う。

何故この妹は、こんな酷い姉を心配してくれるのだろう。


「り……リン……ロ……」


思ったように口が回らない事を自覚し、今自分が置かれている状況を理解した。


どうやら既に助かる見込みは無さそうだ、と。


胴体から下の感覚が無い。

うつ伏せで倒れた自分の下に生暖かい物が広がるのを感じる。


彼女は、落ちてきた瓦礫に頭を打ち付け、前のめりに倒れた事で体全体が潰れる事は無かったが、腹部から下は既に動かせる状態では無かった。


「リン……ロン」


「姉上! 喋ってはいけません! すぐに人を連れて来ます! そうすれば画歴を撤去して、その身の回復を……!」


無駄だ。シャオランは既に意識を保つ事すら難しい。


「聞き、なさい。この、国は……あ、貴女が……。こ、これ、を……」


既に動かぬ体、視線のみで床に散らばった資料を指す。

血だらけで解読に苦労するかもしれない。

それでも、これをリンロンに残さなくては。


その一心で彼女は血を吐きながらもリンロンへ語りかけた。


「かな、らず……この国を……」


「何を言うのです! この国には姉上が必要なのです! 王として私という武器を振るってください!!」


シャオランは、命が尽きようというこの瞬間、生涯で一番の驚きを感じていた。


リンロンがそんな事を思っていたとは。



勿論、リンロンがシャオランを形だけでなく、本当の王として認めたのはつい先程の事であったが、シャオランにそれを知るすべは無く、また、その気持ちがいつからだったのか、などはどうでも良かった。


忌み嫌っていた妹が、自分よりも遥かに優秀な妹が自分を王として認めてくれた。


それだけで、彼女は報われてしまったのだ。


「良くない……姉、で……ご、めん……なさい。この、国を……たの、み……ます」



「勿論、勿論です! だから、姉上も生きてください! 王として君臨して下さい!」


リンロンの言葉は本心である。

国力を遥かに向上させた成果を、リンロンは誰よりも評価し、その力に見惚れたのだ。


「……あり、が……」



その先を口に出す事叶わぬまま、至上の幸福に包まれてシャオランはその生涯を閉じる。

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