運命の日。
運命のその日、リンロンは朝から食事に毒を盛られた。
しかしリンロンは僅かな匂いで毒が混入している事は気付いていたし、気付いた上でいつも通り食した。
混入された毒物は遅効性の神経毒である事まで看破していた為、食後に解毒剤を飲めばなんら問題無いし、おそらくリンロンにその程度の毒は効果が無かったでたろう。
それは幼い頃よりリンロンが密かに自ら毒物を摂取していたからに他ならない。
王族たる者いつ何時、何者かに毒殺されるような事があるかもしれない。
父ワンファンの言葉を真剣に、自分なりに解釈し考えた対抗策である。
リンロンは少量ずつ、長期に渡りそれを繰り返すことで一定以上の抗体を手に入れていた。
故に毒物はそこまで脅威ではない。
しかも今回は使われた毒物の種類、効果も把握できている為リンロンは誰にも何も言わず食事を取った。
それはある意味では姉の為であろうが、広い意味で言えばこれから楽しい戦争が始まるというのに国内で無駄な騒ぎを起こしたく無かった為である。
「姉上ヨ……殺す気ならばもう少シ上等な薬物を使わなければ駄目ネ」
呆れ半分、寂しさ半分といった様子でリンロンは一人ベッドに横になる。
せめて少しでも期待を持たせてやろうかと、周りに具合が良くないから休むと伝えた上での行動だった。
「心配せずトモ皇位などくれてヤルのに」
回りくどいやり方はリンロンの望む所では無かったが、今日くらいは思惑に乗ってやろうと思い部屋に引き籠もったのだった。
しかし夕方になり、それは訪れる。
微睡みの中彼女が瞳を開けると、窓から見えるロンシャン帝国の街並みが、真っ赤に埋め尽くされていた。
「何だと……!? まさかディレクシアが先手を打ってきたのか!?」
いつもの言葉遣いも忘れ、彼女は叫ぶ。
リンロンは責任を感じていた。
もしこの火の海がディレクシアによる物であったならば、それを呼び込んだのは間違いなく自分だ、と。
そして、ならば責任を取らねばならない。
彼女は体中に暗器を忍ばせ部屋を飛び出した。
「リンロン!? 貴女、体は……?」
「姉上! そんな事を言っている場合じゃない! 私は出る! 早く避難しろ!」
部屋を出るなり姉に遭遇し、少しばかり面食らったが、姉が自分の事を心配してくれた事に胸が暖かくなる。
勿論、それは心配の言葉ではなく、何故毒が効いていないのか、という意味合いであるし、リンロンもそれは分かっていたのだが。
「外で何が起きているの!?」
「分からない。でも私が何とかしてみせる。……だから時期国王は安全な所に避難していろ!」
そう言い残しリンロンは戦火の海へ躍り出た。
その言葉を聞いて姉がひどく狼狽したのを知らずに。
「……違う。これはディレクシアでは無い」
それは一目瞭然だった。
空を駆ける巨大な龍が何体も目に入った。
「あんなドラゴン聞いたことも無い。いったいどこから現れた!?」
なぜこのタイミングで、なぜロンシャンを?
リンロンは頭を素早く回転させながらもドラゴンの放つ炎の息から身をかわす。
考えても答えは出ない。今この国が置かれている状況のみが全てだ。
彼女は思考を切り替え、少しでも被害を抑えようと、そして可能ならばドラゴンを始末しようと街を駆ける。
しかし……。
相手は手の届かぬ遥か上空。この身一つではどうする事も出来ない。
半ば諦めかけたその時、城から見た事も無い砲撃がドラゴン目掛けて放たれた。
空を裂き、轟音を轟かせながら頭上を赤に染めたそれを、まるで神の如き一撃だとリンロンは感じた。
「ふ、ふははは……! 私は貴女を侮っていたぞ姉上!! まさに、姉上はこの帝国を統べるに相応しい!!」
リンロンは感激していた。
何をやっても自分の方が姉の才覚を上回っており、姉としての愛着はあるもののどこかで見下していた。
そんな姉が、リンロンには考えも及ばぬ純粋なる力を行使してみせたのだ。
それがどのような理屈で生み出された物かはどうでも良かった。
少なくともリンロンにはアレを作る事はできず、そして帝国が帝国たる為の力は個人の武よりも大量破壊兵器に軍配が上がる。
リンロンは初めて心の底から姉を讃えた。
しかし、その砲撃で仕留めたドラゴンはたった一体のみであった。
ちょうどブレスを吐き地上を攻撃していたドラゴンのみが消滅し、その他は全て光り輝く障壁を纏い、あの砲撃を無力化していたのだ。
「そ、そんな……アレで死なないなんて生物としておかしい!!」
リンロンは慌てて城に戻り、姉を保護しなければと考えた。
この先ロンシャンには姉が必要だ、自分よりも遥かに。
そう認め、姉の生存が最優先だと思ったのだ。
だが、先の砲撃で城に狙いをつけたドラゴン達は輪になって空を旋回しながら、まるで何者かが指揮をしているかのように統率の取れた動きで一斉にブレスを吐く。
リンロンの目の前で、城は八割方溶けて消えた。
「ば、馬鹿な……こんな事が、ある筈が……! 姉上、姉上ぇぇぇ!!」
彼女は知らない。
この戦火こそ、姉の企みの果てに起きた悲劇だという事を。
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