第4話花見日和の日に


「今日は全国各地で晴れ、洗濯日和です。桜も満開を迎えているので花見なんかもいいですね。以上、今日の天気でした。」


「お母さん!今日は花見日和だって!最高だね!うんうん、

 これはまさしく、私がいるからだな、きっと!」


「なんの根拠だよ、それ」


「おお!我が弟よ、案外、早起きじゃない」


下から唐揚げの匂いと姉のドンドンと響く足音が気になってベッドから起き上がった。


「あら、そんなことないわよ。最近は明け方に起きて朝刊取りに行ってくれてるんだから。おはよう、俊介。」


「ええー!うそ!休みの日は昼まで寝てるあんたが、明け方に起きてるの?!なんで?なんかあんの?」


「いいだろ、別に。朝からうるさいな、あれ、父さんは?」


「うるさいって、お姉さまに失礼しちゃうわ。さぁ、まだ寝てるんじゃない?お父さん、昨日遅くまでカメラいじってたみたいだし。お母さん、この唐揚げ、一個味見していい?」


「姉さんのは、味見じゃなくてつまみ食いだろ。」


「あはは、バレた?」


姉さんも今は平然と笑っているが金曜の夜は帰ってくるなり大変だった。俺を見るなり涙ぐんで最寄りの駅で俺を抱きしめて人目もはばからず大きな声を上げてわんわん泣き出した。

車に乗っても嗚咽と泣き声で本当に大変だった。


5歳も歳の離れた姉は容姿端麗で人望もあり、俺と正反対の人間だった。よく笑って、よく喋る、明るい姉。もちろんクラスでは人気者、いつも輪の中心人物だった。いわば姉は光で、俺は陰だった。でも、姉は俺をよく可愛がってくれた。小2の俺がインフルエンザになった時、うつるから入っちゃダメと母に散々言われていたのに姉はこっそり部屋に忍び込んで「コレあげる」とニンマリ笑って2人で集めてたポケモンシールをくれた。

次の日に案の定感染していたのは今では笑い話だ。


そんな姉が弟の余命わずかと聞いてあそこまで悲しんでくれたのは説明がつく。駅でも車でもわんわん泣いてくれた。

気づけば姉の涙は母にも伝染し最後には父まですすり泣いていた。



「…すけ、俊介!」


「え、ああ、なに?」


「何ぼーっとしてんのよ!あんたの彼女、何時に来るの?」


「か、彼女じゃないってば、あいつなら11時半に来るって今朝言ってたけど。」


「ふうーん。楽しみだな〜、いや〜、それにしても俊介は私の知る中でもトップに入る人見知りのはずだけどその壁を打ち抜く子がとうとう現れるなんて…見ものだわ。」


「さらっとディスるんじゃないよ」


「で、どんな子なのよ?」


「どんな子って普通だよ。」


「普通?何言ってんの、この世に普通なんて子がいるわけないじゃない、ほらほら、かわいいの?どう?どんな子よ〜」


「はいはい、どうせもうすぐ会えるんだから、楽しみは後にとっておいて、お姉ちゃん、先にお父さんを起こしてきてちょうだい。」


「ま、それもそうね。楽しみにしとくか!お父さ〜ん!」


母の助け舟のおかげで姉の質問責めから逃れらた。

確かに彼女が俺にとってなんなのかと問われたらうまく答えられない。友達と言われたらそれほど彼女の今を知らないし俺のこともあまり彼女は知らない。といって知り合いといえば何だか簡潔で寂しすぎる気がした。いや、待てよ。そう思ったら今日は絶好のチャンスなんじゃないか?今日の花見は家族しかいないこの完全ホームの状況だ。加えて俺にはコミュニケーションの鬼、姉ちゃんっていう最強の存在が超レアキャラにも関わらず参加するんだ。これを機に彼女の今が聞き出せるんじゃないか。それなら俺が聞くわけではないから俺のことを話さずに済む。これはまさに彼女を知れるチャンスだ。


11時20分、呼び鈴が鳴った。彼女だ。


バタバタ


「来た?!俊介のオンナ!!」


階段を勢いよく降りてきた姉はインターホンの画面に飛びついた。


「オンナって、、止めろよ、下品だろ。彼女の前ではやめてくれよ。」


「まって、想像以上…。」


そう言ってインターホンから離れ姉は走って玄関に向かった。


「おい、待てよ。どうしたんだよ」


ガチャと扉を開けて出てきたのが姉で驚いたのだろう彼女は。

表札を二度見、三度見した。


「嘘でしょ、可愛すぎる…。」


「えっと…」


「おい、姉さん、急に行くなよ。よぉ、悪かったな、この人俺の姉さんなんだ。」


「ああ!は!初めまして!私、俊介くんの友人の篤子です。今日はお招きいただき…」


「ちょっと!え、やだ。篤子ちゃんっていうの!ごめんびっくりしちゃって、可愛すぎない?美少女じゃない!もう!俊介、もっと早く紹介してよ!!」


「分かったから、そんな初見で畳み掛けるなよ、ほら困ってるだろ。悪いな、姉さん、俺と真逆の人間だから」


この姉を前にしてもさすが彼女だけあって落ち着いて対応してくれた。彼女はにっこり笑って


「ありがとうございます。私もお姉さんがこんなに美人な方で驚いちゃいました。これつまらないものですがどうぞ。」


そう言って彼女は手土産をくれた。姉の予想外の行動でちゃんと見ていなかったが手渡された時、目が合った彼女はいつもと雰囲気が違って胸がトクンと鳴った。白のワンピースに淡いピンクのカーディガンを羽織りボブくらいの髪はサラサラでいつもは帽子にジャージでぱっと見たら男にも見えていた美少女により磨きがかかっていた。

姉が興奮して飛び出して行ったのにも理解できる。…可愛かった。


その後、俺たちは支度を済ませた両親と簡単に挨拶を済ませ車で目的地へ向かった。


目的地の広場はこの辺りではかなり有名で春なれば見ごろだの花見日和だのと毎年地元のニュースになる。


「おおー凄いな、今年も」


普段静かな父もあまりの迫力で声を出した。


「お父さん、7番空きになってますよ。あそこに止めましょう。」


「ああ、あったか。」


「うわぁ、俊介、篤子ちゃん見てみ、見てみ!凄いよ桜!」


「うわぁ、凄い。凄いよ、俊介!見て!」


「ああ、見てるよ。見事だな。」


俺たちを唸らせた目的地の桜は何十本もの木が円になって広場を囲んでいてそれら全てが立派な満開で圧巻だった。

たまに吹く風が桜の木の枝を大きく揺らしてぶわっと花弁が散る

それが一気に舞い上がりひらひらふわりと落ちる姿には心が彩るように感動させられた。


「ほんと、地元ニュースになるわけだ。」


毎年話題になるだけあると俺は納得させられた。


ぽかぽかと暖かい今日はいつもより若干だが体調が良かった、桜のおかげで気持ちもグッと高揚して気分のいい日だった。


父は桜に見惚れている俺たちに「みんなで写真を撮ろうか。」とぼそっと呟き噂のカメラを取り出した。母は優しく笑って「いいね、撮りましょ。素敵じゃない記念写真。」と答えた。父の提案と母の相槌が雰囲気をさらに温かく包み込んでくれた。

だからだろうな記念写真に映る俺たちは幸せそうな優しい笑みだった。


母の作った唐揚げも父が切るシャッター音も姉と彼女が打ち合うバドミントンの姿も普段よりもずっと価値あるものに見えて俺には眩しかった。




カシャ


「おお、父さんかと思った、ビックリした。」


「はは、残念、篤子でした。いい顔してたから俊介パパにカメラ借りてきちゃった。にしてもどこまでも桜ですごいねココ。」


「あれ、来るの、初めて?」


「うん、わたし去年の夏くらいから叔父さんちに引っ越してきて…だから地元でも何でもないんだよね、実は。」


「去年の夏からってまだ浅いな、じゃあ、叔父さんと2人か?」


「暮らしてるのはね。両親もいるけど暮らしは別。親は転勤族なのよね、長くて5年短くて1年ペースだから大変でさ友達とか色々苦労したな…それで高校卒業と同時に叔父さんとこに自立できるまで居候するって決めて今は自立できるまで下積みキャンペーン中。ってとこかな。」


「下積みって何の…」


「篤子ちゃーん!俊介ー!コーヒーかお茶どっちが良いー?」


大きな声で姉が俺たちを呼んだ。


「はーい!今行きます!!行こ!お姉さんドリンク買ってきてくれたみたい」


「う、う…ここで姉が裏目に出るとは…」


「え?何の話?」


「いや、何でもない。こっちの話だ。」


姉の気遣いがタイミング的に逆効果を示したことで彼女の情報はここにて途絶えてしまった。



「じゃあ、篤子ちゃんまた今度ね!」


姉の電車もあったので俺たちは早めに戻ることにした。

彼女が帰る時、姉は少し寂しそうだったが姉と彼女は今日が初対面にも関わらずちゃっかり連絡先まで交換していた。

さすがコミュニケーションの鬼同士だ、もはや俺の中では拍手喝采である。と思わずにはいられなかった。


「はい!いつでも連絡待ってます。」


彼女は笑顔で答え帰って行った。


その直後姉から笑顔は消え真剣な表情で尋ねてきた。


「ねえ、母さんから聞いたけど…篤子ちゃんは知らないんだって、病気のこと。」


「ああ、うん。言ってない。言うほど互いを知ってるわけでもないし。」


「え、互いを知らないって…あんたね…。

じゃあ!もしこれからお互いがもっと知り合ってそのまま好きになったら伝えるの?待って、でも、それじゃお互いが辛いだけよ。そうよ。

俊介。姉さん、こんなこと言いたくないけど篤子ちゃんはすごくいい子で、俊介にあんないい友達が出来て心から嬉しいけど、このままじゃ仲良くなればなるほど、思い出が増えれば増えるほど辛くて悲しい結末になるんじゃないの?

だったらもういっそ正直に話すか、関係を断つかしないと…」


正論だった。姉さんの真っ直ぐな意見が少しの沈黙を与えた。



「分かってる、分かってるさ。姉さんの言う通りだよ。だから俺は線を守ってる。」


「え、なに、線?」


「彼女と俺は真逆の人間で本当に陰と陽だ。分かってる。

姉さんも会ってわかったろ?俺とは違う子だって。

だから最初もきっと彼女は俺に興味を持って話しかけてきた。

真逆だから。

でもいつか彼女は俺に飽きる。その興味には必ずいつか終わりが来る。遅かれ早かれ彼女の生活に転機が来たらきっとこの関わりも無くなる。このくらいの距離で一定を保てば…まあ、今日のイベントは少し線を守れてないけど、でもこれからも彼女との線をきっちりと守っていれば、大丈夫。だからこの病のことも話す必要もないし、心配しなくていい。彼女が傷つくことなんてない。そう、大丈夫。」


「それで、俊介は?」


「え…なんで俺なんだよ。」


「俊介だけが傷ついて終わり?」


「何で俺が傷つくんだよ、俺は線を作ってる側だろ」



「そっか…ごめん、姉さん、干渉しすぎたね、熱くなっちゃった。ごめん。先戻っとくね。」


そう言って姉さん足早に家に入ってしまった。




「どうしたの、お姉ちゃん、暗い顔して…」


「あ、母さん…。うん、いやね、わたし怖くって、俊介が自分の気持ちに気づかせてはいけない気がして、本当なら弟に春がきてるって飛んで喜ぶんだけどな…普通なら…病気じゃなかったら…何にでも応援するんだけどな…。」


「篤子ちゃんのこと…?」


「まだ、自分が好きなこと気付いてないみたいなの。本当なら姉らしくね、アドバイスしたりいじったりしたいんだけどね…終わりがあるからって…先を見越して…辛い思いをしなきゃいけないって分かりきってる恋なら私は気付かせてはいけない気がして…。う、ゔぅ、何で俊介なの…。まだまだ幼いのに…ゔゔぅ…。」


「大丈夫よ、お姉ちゃん。俊介は俊介なりに考えてるのよ。だから大丈夫よ。」


母優しく姉の背中をさすった。



心なしか家を出るとき、姉の目は少し赤かった。


「またすぐ帰るから楽しみにしてて」と言ってニコッと微笑んで姉は手を振り父の運転で帰って行った。





部屋に戻りどっと疲れが出た僕はベッドに突っ伏した。

その時ふと思い出した。目的地に向かう車内で姉がおかしなことを言っていたのだ。


「ねえ、気のせいだと思うんだけど私、篤子ちゃんとどっかで会ったことないかな?」


「え、わたしとですか?いえ、わたしは心当たりないですけど…」


「う〜ん…うん。うん!そうだよね!こんな美少女一回でも会ってたら忘れるわけないよね!ごめんね、おかしな事を言って、気にしないで!俊介、なんか盛り上がる話しなさいよ!篤子ちゃんがつまんないじゃない!」


俺にはとんだ災難だったが、姉の勝手な勘違いよりも姉の発言からしばらく考え込んでいた彼女の表情が俺は妙にひっかかった。


「ああ、やっぱり今日の裏目は大きかったか…。もう少し聞けたのにな…。」


結局彼女に疑問は残ったが、それでも帰り際まで強がってくれた姉に俺は感謝しかなかった。


そのまま俺は深い眠りについてしまった。

この日の花見で疲れが出たのだろう。俺はその日からそのまま数日の間寝込んでしまった。

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