第5話デート


「おお、おはよ。」


「久しぶり…だね。3日ぶりかな?」


俺が出てきたことに少し驚きを見せた彼女はにっこりと笑った


「ああ、ちょっと朝起きれなくてな。」


花見の日から体調を崩してから寝込んでしまい朝刊を彼女から受け取ったのは3日ぶりのことだった。


少しやつれた俺に篤子がだいぶと心配そうな顔をしたので気を盛大に使って「モーニング行くか?」と誘ってみたが「ごめん!今日はこの後予定が…」と断られてしまった。



カラカララ…と脂の切れた音が鳴った自転車を漕ぐ彼女を眺めながら俺はここ数日でこけた頬を手でさすった。

素直に余命のことを彼女に伝えたら何が変わるのか想像したがきっと重く気まずくなるだけで何一つ良いことなどないと思うばかりだった。


小説の少年は幽霊と回を重ねるたびに仲良くなっていくが少年がもしこのまま亡くなったとしても幽霊になるのだから幽霊の友人に対して線引きや気遣いなど余計なことを案ずる必要はない。


「はぁ、彼女も幽霊だったら気楽だったな。」



ため息まじりの俺の悩みも吐くほどにただ積もるだけだった。






***



約束の週末になった。体調も徐々に安定し今日は軽い頭痛を感じる程度だった。



ピンポーン




「おお、早かったな。おお、どうしたんだその車?」


約束の時間、玄関先に白い軽自動車が一台止まりその近くにジーンズにシャツとカジュアルな彼女が自慢げに立っていた



「ははーん、さては私が自転車しか乗れないと思ってたんでしょ?残念でした。免許持ってました。」



「え?篤子、いくつよ、てか自分の車か?」



「レディーに年齢聞くかね、失礼するな〜!21よ、21。これは叔父さんの車。借りたの。楽かなって思って。」



「21?!篤子、おま、21なのか?!」


彼女の年齢はあまりの衝撃で俺は目を見開いた。その反応に彼女は見目を細めて食いついた。



「そうよ?なに、もっと老けてると思ってたの?」



「いや、そうじゃないけど!」



「はいはい。もうわかったから乗って!映画始まっちゃう!」



「お、おう。そうだな。行こうぜ。」


(自分より年上なんて夢にも思わなかった。てっきり2歳下とか…とにかくまだ十代かと思ってた…こりゃ詐欺だな。)と運転する彼女を背に窓に向かって驚きをもらした。


「ちょっと、さっきから何ぶつぶつ言ってんのよ。」



「え?ああ、いや今日の映画楽しみだなって…」


先程から年齢を触れると彼女にツノが生えかけたので無理にごまかした


「そうね!俊介もチケット見せたら喜んでたもんね。」



無事ごまかせられた。


「ああ、本当に映画のタイトル聞いて驚いたよ。前から凄いファンの作家の映画化だから楽しみにしてたし試写会に行けるなんて聞いて余計に驚いたよ。」



誤魔化すのに必死で途中詰まりながら話出したが以前から本当にこの作家を好きだった。


話題の作家‘細木大輔’の作品は2年ほど前に出た小説が爆発的ヒットを見せたが個人的にはその1作前に出た小説がお気に入りで大ファンだった。


細木の綴る話は大半がミステリーであるが爆発的なヒットを出した2年ほど前の作品は万人受けを狙ったもののような気がしてとてもあっさりとしていた。

細木の今までの小説は序章を読むだけでゾッとするような言葉の組み合わせで気づけば続きが気になって時間を忘れしまうほどの中毒性を持っていた。

前半に散りばめられた話の点達が後半にかけて線に変わりクライマックスで全てが綺麗に繋がる頃にはもうその本の世界に浸ってしまってたまらなくなる。


そんな小説ばかりだった。


特にお気に入り作品はずば抜けて中毒性が強かったのだ。

あまりの影響力に細木の小説を読んだ際にはいつもこう感じてしまうのだ。

「本は非現実や別世界の擬似体験ができる1番簡単な方法なのに心が大きく動かされる。そんな素晴らしいもので常にあるべきなんだと。」


まるで普段から芸術を語るものセリフだ。ああ寒い、寒過ぎる、極寒だ。そんな寒いことをこの俺が思ってしまうほどこの細木には影響力という強い才能があり本当に末恐ろしいと読者ながらに思い続けてきた。


ところが、2年前の作品であまりの方向転換を見せたのだ。それが憧れ思い続けてきたファンとしては正直大ショックだった。


その作品はのちに名だたる賞を受賞することになったので俺の趣味やセンスが人とずれていたのかもしれないとさらに落ち込んだものだった。だが、その作品以降にはまた手に汗握るストーリーを描き始めた。その後はそれらの作品でも大きな賞に選ばれ続け今や若かき天才と呼ばれている。1ファンとしてはまた良いものが読めると大喜びであった。


「最近の細川さんの小説は読み応えあるもんな。」



「そうよね、でも2年前のヒット出したアレ‘白いくじら’だっけ?あれは無いな。先生が恋愛経験無いのバレバレだったね。多分あれは編集担当の人が無理に書かせたんでしょうよ、きっと」



彼女が俺の勝手な憤りに共感してくれるとは驚きで俺は少し熱く返した。


「そうだよな!あれはひどいよな!あからさまにわかりやすい展開になっててさ、恋愛の描写なんて今までそんな強くなかったのに今までになくしっかり描かれてていつもの焦りとか恐怖心がかすんじまってどうも好きじゃなかったんだ。そうか、担当編集者か、考えもしなかったけどそれはあり得るな。その本の時だけ店頭にズラと並んでたの印象的だったしな。うーん…

あれ、にしてもお前も読むのかこの作家…。」



「お前って、ちゃんと篤子って呼んでよね、読むわよ。本、好きだもん。」



「ああ、悪い。でも本好きって…ああ、そうだ、そういえばこの券も仕事で貰ったって言ってたけど仕事ってさ…」



「ほら、着きましたよ、映画館。」



「お、おう。ありがと。」



タイミングもタイミングだったのだろうか、俺の聞きたかった質問はさっと流されてしまった。彼女の仕事や趣味はいつもさっと雲隠れする感じがして俺の中でモヤっとした。この時は謎がいつも多過ぎる彼女をいつの間にかもっと知りたいと意地になっていたのかもしれない。しかし、移動中も細木先生の話に盛り上がってしまいうまく聞き出すことができなかった。



訪れた映画館は街の大きなショッピングモール内の別館にある映画館で週末ということもあったからか多くの人で溢れていた。



「私、コーラ。俊介は?」



「俺はアイスコーヒー」



「それじゃあ、キャラメルポップコーンのL!L下さい!」



「おい、Lって結構あるぞ、、」



「平気よ、好きなの。映画館のポップコーン、俊介も食べな」



「へいへい、じゃあ、Lで。お会計はこれで。」



不意に以前おいしそうにオムライスをたいらげていた姿を思い出した。思い出すほどに吹き出して笑いそうになったが‘ここは冷静に’と堪えつつ俺は財布からお金を出した。



「ありがとうございました。商品はあちらからお受け取り下さい。」



「ちょっと、私が出すのに!」



「いいよ、ただでさえお前の運転とチケットで交通費と映画代が浮いてんだからこれくらい俺が出すよ。」



「それは、私も同じだしフェアじゃないじゃん。」



「何言ってんだよ、デートだろ。フェアとか言い出したら俺がカッコ悪いじゃんかよ。」


「デート…ふふ、そうね。それじゃ…お言葉に甘えてご馳走さま。」



このやりとりを早く終われせようと思い発したが自分から言っただけにデート発言を後悔したいほど俺は赤面しそれを目にした彼女も笑ってはいたが二人して赤面した



「こんなんで線は守れるのだろうか…」


「え?モゴモゴ…なんの線?」


「ああ、いや何でもない。こっちの話だ。ほら、席こっち…ってオイオイ、もう食ってんのか?」


「えへへ、キャラメルの匂いが美味しそうで、ついね。食べる?」


「食べる。モゴモゴ…もうそろそろ始まるぞ。」


「言ってなかったけど、今日の試写会ね…」


「え、なんて?聞こえない…」


「ううん、いいの。どうせ分かるんだし。」


彼女は何かを言おうとしていたが上映時間になったのでしっかりと聞き取れず映画が終われば聞き直そうとスクリーンに目をやった。

最初は何だったのか気になって悶々としていたが気づけば映画の中にのめり込んでいた。


内容は期待通りの面白さで終始、登場人物全員が鍵を握っているように見えた。物語がクライマックスに入る頃には劇場にジワリとした焦りと犯人への恐怖心でいっぱいになっていた。

そんなシリアスなミステリーでもきちんとあの大きなポップコーンを平らげている彼女を横目に見たら何だかホッとしてしまった。



「いや〜良かったね。見た価値あったね、本当。ね、俊介!」



「ああ、あれは凄いよ、あの途中まで糸がグチャグチャに絡まってるから、あれ、どういう事だって観客がなったとこからのあの展開の早さ、この映画監督も見せ方が本当上手いし。素晴らしいな。

特に犯人が何のためにだれを狙ってどういう狙いでってとこまで一気に辿りつく感じ…たまんねぇーわ。このストーリーを思いついて書き上げてしまうなんて細木大輔はやっぱり天才だな。」



「ほほう、それは感激だな。」



「え…」


背後からの声が俺への返答に感じ2人して肩をびくりと反応してしまった。しかしその声の主は本当に俺へ返答をしていた。


俺たちが振り返った先には居たのは、三十代?いや二十代後半くらいか?黒い髪にパーマを当ててスラッとした顔に青が入ったサングラスをかけている。背丈もありすらっとした雰囲気があるイケメンだった。


振り向いてそんな男の人が立っていることにも十分驚いたのに

そんな人が俺に話しかけている。どういう状況か意味不明だった。


「どうも、細木先生。ご無沙汰してます。」


「これはこれはアッちゃん。ご丁寧にどうも。はは、今日は来てくれてありがとね。」


先ほどまで一緒に共に驚いていた彼女は冷静に頭を軽く一礼し挨拶をした。そんな姿を見て余計に俺は意味が分からずしどろもどろした。


「え、細木先生って、嘘…だろ。あの…」



「どうも、初めまして小説家の細木大輔です。君が例の俊介くんかな?」



「え、ええ?!本物?嘘、だろ。は、はは初めまして!は、はい!俊介です!」



「ははは、俊介、良い感じにオドついてるね、面白すぎる。やばいやばい、お腹いたい。俊介ね本当に大輔くんの大ファンなの。」


俺の焦る姿に涙目になりながら腹を抱えて彼女は笑った。細木も俺の反応にからかうように返答した。


「おお!嬉しいね、その反応!スターになった気分だよ。あっちゃんもこれくらいの反応してくれてもいいんだよ?」



「いやいや、大輔くん、私がこの反応は引くでしょ」



「まあ、そうだな。大輔くん、引いちゃう引いちゃう」


明らかな仲の良い自然のやりとりが更に俺を困惑させた。もう訳がわからなかった。


「待って、待って。篤子、知り合いなの?細木大輔と?!」



「篤子…?篤子って…」


「そう!さっき言いそびれたけど…大輔くん、俊介がファンの細木先生とは古い付き合いで今日の試写会チケットもそういう経路で頂いて…ね!大輔くん!」


「え、ああ…うん、そうそう。古い付き合いでね、ははは。」



彼女と細木先生のやりとりが急にぎこちなくも感じたがそれよりも2人が元々知り合いということの方が衝撃が大きく対して気にも留められなかった。問題はこのあとだった。


「あ!そうだ…俊介くん。君、『白いくじら』読んだかい?」


サングラスをクイっと掛け直した細木は真っ直ぐ俺を見つめている。


「え、白いくじらですか?はい。読みました。」



『どう思った?』

頼むからそう聞かないでくれ心の中で咄嗟にそう叫んだ。


「どう思った?」


心臓がまたドクッと跳ね上がった。


「どう…思ったかと言いますと…」



「うんうん、ファンの君から意見を聞かせてくれないか?」



「ファンとしての意見…。…すいません!」



俺は勢いよく頭を下げた。



「すいません。白いくじら…俺は正直無しです。誰もが読みやすいストーリーになっていて万人受けは万人受けで良いのかもしれません。でも、俺は本来の細木先生の畳みかけるところなどが良いのにそこがどうもゆったりで穏やかで、いや穏やかすぎる、平穏過ぎたと思うんです。


細木先生の紡ぐものに心打たれ影響を受け続けてきたファンとして俺は、その1作前の「黄色い朝顔」が受賞ではなく「白いくじら」で大きくヒットしたのが何だか悔しかったんです。素晴らしいのは百も承知は承知ですけど…」


俺の息は大きく荒れ、言い終えた頃には顔は真っ赤になるほど興奮していた。だが、自分がカッとなり述べた言葉が冷静にじわじわと焦りに変わっていくのが背筋に流れた汗で気づいた。


「はっ!すいません!熱くなってしまって決して細木さんを侮辱したつもりは…」



俺はしまったと思い細木先生を見た。彼は口を押さえ眉間にしわを寄せている。コレはまずいと俺は再度頭を深く下げた。




「ぶははっははは」




頭を下げた僕の前に二人の大きな笑い声が響いた


「え…。」


「あはは、ね、大輔くん。俊介って本当に面白いでしょ?」



「ああ、本当最高だわ。噂通りだな。俊介くん、いや俊介。よく本人前にそこまで言ったな!スゲーよ。良い、むしろ気持ち良いくらいだよ。


うん、だよな、だよな。


俺も思うわ。白いくじらは駄作だな。狙ったっていうより偶然が転じまくったって言う方が合ってんのかも。

だからかそれは先生にも相手にされなかったしな。

とにかく俊介お前良い目してるよ。俺の自信作をしっかり気に入ってくれてるあたりも最高だわ。さすがファンだな。ありがとよ!」



「いや、あの、俺はてっきり…」



「ああ、ぶちぎれると思った?残念!逆にここで白いくじらは最高でした。なんて言われる方が薄っぺらくて信じられないね。

上手く書けなかったものをうまくかけてるって褒められる方が裸の王様みたいで情けなくなる。

悪かったな、せっかくこんなに良いファンがいたのにな。

あの時は方向性見失ってたんだ。その時に言われるがままに書いたけどしっくりこなかったんだよな。

だからそんなもんに賞もらってもな。ビックリもしたけどキツイだけだよ。ま、それがあったから今はちゃんと自信持ったもんしか出さないって決めれたんだけどね。


おっと、わり、話し込んじゃったね、ごめんごめん。おれ、このあと仕事なのよ。またゆっくりご飯でも。じゃ、あっちゃんもまたね。」


「うん!またね!」


細木は最後までかっこ良く去っていった。

丁寧に良い匂いまで残して…

そんな素敵な彼が思い悩んでいたなんて意外だった。

あんな良い作品が次々に生み出せるほどの才能ある人なんだから割と上手く成功を手にしてると思ってた。

特に細木は小説家として多くの賞を取り今でも進化し続けている。世に名の知れた輝きを放つ人達は人知れずに葛藤しているのだろうか今まで自分に才能のかけらすら見つからなかった俺にとってはイメージしづらい心情だった。

でも自分の作品を駄作と言ったとき少し悲しそうな顔に彼の後悔が見えた気がした。


「ビビった…。」


「驚いてたね。でも良かったでしょ?会えて。」


「ああ、今、膝が震えてるよ。いや、それより何で細木さんと知り合いなんだよ?」


「はは、膝が震えてるって…。ああ、ちょっとねお世話になった人が一緒だったいうのかな。習い事の先生が同じだったみたいな。

うん、まあ、そんなとこだね。」


「そうなのか、ああ、さっきの先生ってその人か…?いや習い事って…にしては仲が良すぎないか?いや、あー。でも、それは篤子だから納得か。コミ力お化けだもんな。」


「何それ、お化けって…それ褒めてんの?」



「褒めてるだろ。完全に。」



「なんか、ごまかせてない気がするんだけど…」



「褒めてるだろ。おれはずっと前から羨ましいと思ってるよ。」



「なんか…そこまで言われると照れるな。じゃあ、仕方ないな〜

特別にファンにしてあげても良いんだよ。」



「はいはい、にしても細木さん、良い人だな。会ってもっとファンになったよ。」



「嘘、逆かと思った。あ。でも何故かメディアからはイケメンとも言われてるしね。」



「ああ、見た目もそうだけど、細木さんの人間味が見えた気がしてさ。余計にファンだな、俺は。」


「ああ、それはそうね、大輔くん。今では天才、天才って言われてるけど昔っから真面目な努力家で天才肌って言うより正直ガリ勉よ。」



「そうなのか…でもガリ勉はちょっと言い過ぎだろ。」



「そう、大輔くんにはピッタリだと思うけど…あ!俊介、あれ!やろうよ!」


お目当てを発見した彼女は勢いよく駆け出した。



「おい!待てよ…、ほんといつもいつも急だな…。

にしても、大輔くん大輔くんって…昔からの知り合いか…。」



心の奥でズキンと痛みを感じた。



「あれ、何でだ、今日調子良かったのに。」


「ちょっと〜何してんの?早く来てよ!」


「ああ、悪い。」


「コレしたかったの!」


「コレってまさか…」



色鮮やかなのカーテンに若い人の顔写真、ポップな音楽が箱型の本体から流れそこから沢山の若者が出入りしている。


…プリクラ。



俺は眉をひそめ険しい顔で彼女に意思を表示したが俺の意見は通るわけもなく彼女に強引に手を引かれ「準備はいい?はいポーズ」

を6回ほど繰り返していた。


「はっははは、はーもうダメ、ホントお腹痛い。苦しいわ。俊介、ウインクしてるの、コレ?白目だよこれ。もうダメ。ここ最近で1番笑った。」



プリクラを見ながら彼女は俺の不慣れさゆえのぎこちない白目がちのウインクにまた腹を抱え笑っている。



「おい。笑いすぎ、俺だってこのタイミングだ!と思って目を閉じたのに機械が早過ぎんだよ。くっそ、プリクラがあんな難しいとは…。いや、でもこれなんて詐欺だろ、詐欺!顔小さくなり過ぎてもう不自然じゃん。」


俺も負けじと彼女を指摘したが素早く跳ね返された。



「馬鹿ね。プリクラは夢を見させてくれるのよ。写真だけだけど。まぁ、いわば瞬間的整形ってやつね!」



「確かに、うまいこと言うな。でも、あっという間に終わっちまって1枚1枚ポーズなんて考えられないな。」


切ってもらったプリクラを見ながら俺は眉をひそめ呟いた。


「確かに、1枚ずつポーズ変えるなんて至難の技かも。」



「そこは、意外と若者じゃないんだな。」



「まぁね、これでも21だし?」



21という言葉を機に俺はそれとなく彼女に問い始めた。



「なぁ俺ちょっと気になってたんだけど篤子は何で朝刊配達してんだ?学生ではないんだろう?」



「そうね、変よね。こんなにもか弱い女の子が朝刊配達のバイトは変よね。うんうん。」



軽く呆れる素振りを見せたが俺は続けた。


「自分で言うかよ、それ。でも、篤子はそれだけじゃないんだろう?前も徹夜で仕事って言ってただろ。」



「はは、グイグイ聞くね〜。まあ、大したことではないんだけどね。簡単に言うなら夢なのかな?うん、夢だな、きっと。

昔は順調だったのにその夢を突然つまずいちゃってさ、沼真っ只中どうしようって時に叔父さんの薦めで副業として始めたのが朝刊配達。」


「何だよ、その夢って…」


「それは!へへ…まだ言わない。」



「何でだよ、気になるじゃんか。」


俺がむきになった時、彼女は両手を顔の前でパンっと叩き話を切り返してきた。



「じゃあ!私もここで質問!いつのまにか聞けてなかったけど俊介も学校も行かずに毎日朝刊待ってるけど…それは何で?」



「え…」



ハッとした。欲を出し過ぎたことに今気づいた。毎度毎度、俺に矢先が変わったらと逆に聞かれるのが怖いから避けてきたルートを俺は無意識にもズンズンと踏み進んでいた。


しかもいつもよりも怖く感じた。


それを強く感じたのはいつもは何事も冗談っぽく軽く発言する彼女が今に限って俺を真っ直ぐと見つめて質問してきたのだ。


今日は驚いたり焦ったりでただでさえ俺の寿命はわずかなのに5年ほど縮んだ気分だった。



「別に大した理由はないよ。ただ連載小説を見つけてさそれが妙にハマっちゃってそれから日課にしてるんだ。」


俺は焦りを必死に隠すようにそれっぽく冷静さを装って話した。



「え…それってもしかして「病気の僕と幽霊の君」?」



「おお!そうそう、それそれ。なんだお前、それも読んでんだな。」



「ああ、うん。まあね。配達員だしね、で、それでどう思う?」



「どうって?」



「病気の僕と幽霊の君よ!それで読んでどう思ったの?」



彼女の表情に驚きが見えたかと思うとすぐさま真剣な顔で強く感想を問われ俺は戸惑ったが勢いに答えねばと話を思い出しながら述べた。述べれば述べるほど俺の生きがいは広がってしまい必要以上に多く喋ってしまった。



「…おもしろいよ。幽霊なのに性格が前向きで明るいのもギャップがあって笑えるし病院で起こる出来事や問題は単純なのにたまに笑えて感動までさせられる。ああ、あれなんかよかったな、購買のクリームパンをどうやってゲットするかで大戦争って掲げて考える回。作戦とか戦略とかたかがクリームパンだけど爆買い婦長とか臨時休業日とか敵やトラップがあって気づけば俺まで熱くなっちゃっててさ、もう俺は毎朝毎朝楽しみで仕方なくなってんだよな。…ってわるいわるい熱くなったな。」



「おい、篤子…?」


彼女は目に涙を溜め顔を真っ赤にして俺を見ていた




「ごめん…。ちょっと驚きが重なって…。」



「え、いや、おい、話が見えない…。どうしたんだよ急に!俺か?いや、あれか?腹痛いのか?」



「違う違う…大丈夫。ほんと気にしないで、はは。あの、クリームパンの回イイよね。私も気に入ってるよ。」



「ああ、うん。」



なんだか彼女の涙は意味深で俺には理由がさっぱりわからなかった。でもそのあとすぐに見つけたホットドッグにコロッと心奪われてる彼女の姿を見て深く心配になることはなかった。

でも、彼女が俺と同じものを読んでいたこと、俺が好きな作家と友人だったということ、偶然でも彼女とのつながりが嬉しくて、心が熱くなった。



ブロロロ…



「はい、到着!」


「ありがと、わりいな。送ってもらって、篤子も気をつけて帰れよ。」


「うん!また行こうね!デート!」



「おおお、い。やめろよ!おっきい声で!」



「へへ、ごめんごめん。」



ピロリン、ヴーヴー


彼女の携帯がなった。


「あ、大輔くんだ。じゃ、また明日ね!」



「お、おう。またな。」


彼女を見送り部屋に戻ったが別れ際の‘大輔くん’が気になって心がやたらとモヤモヤした。しかし今日もおそらくドッと疲れが出たんだと思いやたらと種類の多い処方箋を口にした。




***



カランコロン


彼女は叔父さんの喫茶店に顔を出していた。

するとそこには見慣れない客がカウンターにいた。



「よ!篤子ちゃん」



「よ!…じゃないから大輔のくせにキザな登場決めちゃってさ。それに篤子でいじらないで」


見慣れぬ客は細木大輔だった。



「まあまあ、あっちゃんもそうカリカリしないでさ、はい、ミルクティー」


優しい声でそっと出されたミルクティーをすすりながらフォローを入れた叔父さんに野次を飛ばした。


「叔父さんは昔から大輔の肩持ちすぎだよ。今日俊介の口から篤子って聞いて下手な反応するんだもん、バレちゃうかと思ったよ。」



「悪かったよ、でも篤子って慣れてないからさ、つい、おまけに会えたことにもうわついちまってさ、でも仕方ないだろ?アッちゃんが興味を持った人なんてこれまでアイドルでもいなかったのにそんな急に見つけたんだって聞いてからは興味津々になっちまってもう会いたくてたまんなかったんだから。」



「それにしてはスターオーラ全開の登場だったけど?」


「ま、実際に今はスターだからそれは否定しないさ。」


大輔は自慢げに長い足を組み直した



「くうう、今に見返してやる!」


余裕いっぱいの大輔の発言にぐうの音も出ず彼女は地団駄を踏むばかりだった


「そういえば、もう新聞配達も1ヶ月ちょっとだけどあれから最近は何か見つけられたのか?」


カップを拭きながら叔父さんは優しく彼女に問いた。初耳だった大輔は飲みかけのコーヒーを口から外し口を拭き直した。


「え、アッちゃんが新聞配達してんの?」



「まあね、先生に言われて始めたの。何かを始めなさいってさ、

でも、どうかな、まだ分かんないな。あ、でも今日ね良いことがあってさ……」


篤子は嬉しそうに微笑んで優しい声で話した。



喫茶店には甘くやさしいミルクティーの匂いが広がっていた


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