第3話オムライス
いつも通り俺は待っていた。
だが今日はいつもよりも増して待っていた。
昨日の連載小説第26回で物語が思ってもいない方向に進んだ。
少年がよく屋上で会うおじさんが容態急変で運ばれたのだ。そのまま「明日に続く。」と一方的に区切られてしまっていた。
だから二倍増しで待望しているのだ。
おじさんは回復するんだろうか。それとも病魔に屈してしまうんだろうか。ああ、気になって仕方がない。
おじさんは入院中でも屋上でタバコを吸うほどヘビースモーカーで会う度に少年が注意していた。おじさんはその都度ニカッと笑って「いいんだよ、おじさんはもう長くないんだ。人生最後に我慢なんてできないだろう?」そう言って煙を吐く医者泣かせの患者だった。そのおじさんが手術室に運ばれた。
今までも度々病院で出来事や問題は起こってきたがこんなシリアスな展開で次の日へ跨いだのは初めてだった。
彼女はまだだろうか。待っている間、連載の展開を推測したせいで…いや、違うな。おじさんの考え方が俺と同じせいだ。自分の死について無意識に考えさせられた。
余命宣告をされてから大体1ヶ月が経とうとしている。体は相変わらず重くだるい、ずっと風邪をひいている感じだ。もう慣れたといえば嘘になるだろう。調子のひどい日はベッドからすら起き上がれない。それでもこの日課のこの時間だけは何とか今日まで続いている。俺の生きがいと化したこの時間は今では1日のハイライトなのだ。
カラカララ
「おはよ〜…どうした?顔怖いけど…」
「おお、おはよ。遅かったな今日。」
「あ、バレた?実は今日寝過ごして5分遅れたの。」
「珍しいな。夜更かしか?」
「そうそう!ちょっと仕事に追われててね!あ、ごめん、いくね、おしてるの!」
そう言って彼女は急いで自転車を漕いで行った。
「仕事って、、あいつは、結局何者なんだ…」
俺はあいつと出会ってから朝飯を週2回ほど行く仲にまで発展している。なのに俺はあいつの今を知らない。彼女の過去の話はよく聞くけど今、現在進行形で何をしていてどこに住んでいて何歳でそんな当たり前なことを知らない。俺が問わないのも悪いが会話の八割が彼女の話のはずなのに俺は彼女が何者なのかいまいちわかっていない。
「ほんと、幽霊みたいだな。」
俺は彼女の後ろ姿を眺めながら呟いた。
でも俺は彼女が何者かなんて問えない。問いが返されたらと思うとそれが怖くて問えない。余命宣告されているが闘病する気もない。夢も希望も何もない、それが俺だ。こんな情けないこと言えない。今までなら言えたのか、いや、そもそも俺には言う相手すらいなかったんだ。そうだ、そう言えばだけど、何であいつは俺なんかに声を掛けたんだ。
ああ、やめよう。今日は頭痛がキツいんだ。早く続きを読んで横になろう。
コンコン
「俊介、今週末に花見に行こうと思うの。お姉ちゃんも帰省できるみたいだし、体調よかったらどう?」
母さんだ。定時の薬を渡しながら俺に提案した。
最近は俺が週二回ながらもモーニングに行ったり、食卓にきちんと顔を出すようにもなったからか夜中の泣き声もかなり減った。
「姉さん、帰ってくるの?珍しいな。」
言ってすぐ分かった。俺のせいか。長期休みでもないと帰ってこれないはずの上京した姉は出版社勤務で社会人3年目にして将来を期待されてる。と年末に帰省した姉に酔いながら散々自慢された。
あの時は俺も結構呑んだな、もうそれもできなくなったのか。
「そう、金曜の夜に帰るってさっきLINEきたし、丁度いま桜が綺麗に咲いてるのよ、せっかくだしお弁当持って行こうか。何食べたい?ハンバーグ?」
「ガキじゃないんだから、なんでも食うよ。」
「あら、そう。リクエストあった方が作りやすいのに、」
残念そう母さんは飲み終えたコップ持って腰を上げた。
「…唐揚げ。」
残念そうな母さんの背中に後出しのリクエストをほうった。
俺なりの不細工なフォローだった。それでも階段を下る母さんの足音は軽快でおまけに鼻歌まで聞こえたのでホッとした。
「ごめんな、母さん」
心がまたグゥッと締めつけられた。
自分よりも我が子が先に死ぬのが1番の親不孝なんだって前にテレビで息子が亡くなった芸能人が泣きながら言ってた。それで言うと俺は間もなく1番の親不孝をしながらもこの世を去ろうとしている。
「ほんと、情けねーや…」
ピンポーン
「俊介、ちょっと俊介!お客さん!」
突然の呼び鈴の主は彼女だった。
「急に、どうしたんだよ。」
「えへへ、ごめん。驚いた?これ今日遅れちゃったお詫び!」
そう言って彼女は封筒差し出した。
「なんだよ、これ。ん?映画試写会?これ映画チケットじゃん。」
「そ!しかもペアだよ〜、仕事先でもらったの。今週末なんてどう?」
「待て、これ、おお!まじか、これ好きな小説の映画だ!これ、俺見に行きたかったんだ!まじか、嬉しすぎる…」
「ははっ、喜んでくれたみたいでよかった。じゃあ決まりね。」
「あ、いや、駄目だ。今週末は予定が…」
「あら、お友達?」
ずっと気になっていたのだろう母はわざとらしく登場した。
「ああ、この子は…」
「こ!こんにちは、初めまして!篤子と申します!」
「あら可愛いわね、篤子ちゃんって言うの?よろしくね、あ、そうそう!篤子ちゃんお昼食べた?まだならどう?オムライス。」
「オムライス!頂きます!是非!」
気づけばお昼の食卓に彼女も並んでいて異様な光景だった。
今まで家には姉の友達が来たくらいで俺関係での訪問者は小中の家庭訪問くらいだった。
「美味しい!トロトロ〜!」
「おかわりもあるからね、沢山食べてね!」
満面の笑みで美味しそうに食べる彼女を見て母も満足そうだった。
「さっきの話だけど、今週末は先約があって、だから日を変えてくれないか。」
「何?先約ってお花見の話?もしかしてデートだった?」
食い気味に母が会話に入ってきた。デートという言葉に俺はむせてしまった。
「ごほ、ごほっ!」
「そうです!デート!さっきわたしから申請したんです。」
「お、おい、なにいってんだよ!」
「まあ、本当、でも先約って…花見ね?ダメよ、断っちゃ、篤子ちゃんも一緒にどう?家族で今週末、花見に行くんだけど…」
「母さん、それは流石に…」
「いいんですか!行きます!花見!楽しそう!」
「来るのか?!」
「うん!行くよ!お母さん、オムライス美味しいです!おかわりください!」
「嬉しいわ〜、食べて食べて!大勢の方がきっと楽しいし、楽しみだわ!」
彼女のコミュニケーション力には恐れ多いと感じるばかりだ。
「ほんと、恐れ多いよ。」
「何が?」
彼女はケチャップを口につけたまま目を丸くした
「ふっ、いいよ、たんと食え」
もりもりオムライスを食べる彼女を見ていると何だか俺の方が満腹になってしまった。
「ご馳走さま!あーお腹いっぱい!お母さん料理上手だね!おかわりまでしちゃった!俊ちゃんはなんであんなに少食なのさ!あんな美味しいのにもったいないよ!」
「ほっとけ、最近少食なんだよ。」
「そ!じゃあお花見、今週末にまた来るね!ま、また明日も配達は来るけどね!」
「ああ。気をつけて帰れよ、寝不足なんだろ。」
「ふふ、優しいじゃない」
「うるせーよ、あ、そうだ。映画、ありがとうな。偶然でもあの映画ほんと嬉しかった。」
「うん、こちらこそ、喜んでもらえてよかった。今度行こうね!
じゃ、また明日!」
「ああ、また明日。」
ウチに戻ると母は嬉しそうに片付けをしていた。
「篤子ちゃん、いい子ね〜よく食べるし、明るいし。
ちなみにあの子は知ってるの、俊介の…」
「知らないよ。言ってないし、言うつもりはないよ。」
「そう…。」
今日の朝刊でおじさんは亡くなってしまった。少年は屋上でタバコとライターを置いて空を見上げた。幽霊は少年の肩にそっと手を置いて「君は闘うんだよ」とささやいた。
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