第2話モーニング
早朝、いつも通り俺は朝刊を待っていた。
今日で第十回だ。相変わらず面白さと主人公のキャラにもう俺は愛着が湧いてしまっている。
カラカララ
これが僕の中で表に出る合図になっていた。
「おはよ!待った?」
静かな明け方に彼女の声は正直やかましい。
朝から元気すぎる。
「待ってない、俺は新聞を待ってんだ。」
素っ気なく返した返事にも彼女はお構いなしに笑顔で僕に朝刊を渡す。
「はいはい、どうぞ今日の朝刊です。」
「おう」
「それにしても朝刊を待ってるって面白い趣味だよね…。あ、そうだ!!今日さこのあと空いてる?」
「え?」
「私、あと十軒くらい回ったら上がりなの!そのあと退勤するからだいたい30分くらいかな?モーニング行かない?」
何を言われてるのかさっぱり分からなかった。
「俺が?君と?」
「そうそう、あ、もう食べた?」
「いや、食ってないけど。」
「なら決まりね、じゃ、30分後ね。」
そう言い残して彼女は行ってしまった。
「モーニング…?俺が?いや、行くの普通だろうけど、あの子と行くのか?何で俺が、何で行くんだ?」
朝刊を片手に玄関で5分ほどぶつぶつと考え込んだが何故か30分後という数字に急かされてしまって寝巻きから着替えている自分がいた。起きてきた母にどこに行くのか尋ねられたが何だか小恥ずかしい気がしてモーニング行ってくると言い残した。
急かされたせいでまだ読めていない朝刊を持ちながら表で待っていてさらに分からなくなった。
何で俺は待ってるんだ、まずどこの誰かもわからない彼女、いや新聞配達員と朝飯を食べる。どういう状況だよ、それ。でも母さんにモーニングなんて言った手前もう戻れない。弱った。うう…。
そんなことで悶々としているといつもの音が聞こえた。
カラカララ
「お待たせ!へへ、さすがに今回は私を待ってたでしょ?」
なんだかやられた気がしてムッとした。戻れないが戻ろうかと思った。
「どこ行くんだよ。朝飯、空いてんのかよ、こんな早くに。」
俺はムッとしたまま冷たく言った。
それでも彼女はニコニコして
「あるよ、行きつけの喫茶店なの。ほら行くよ。」
そのまま彼女は自転車を手で押しながら足早に歩き出した。着くまでに彼女はたくさん質問してきたが僕の返答があまり短いのでほとんど彼女が話していた。
正直あまり自分のことを話したくなかった。病気のこともあったが幼いころから人とコミュニケーションをとるのは苦手だった。だからってこともあって俺には親しい友達なんて居なかった。
「ねぇ、聞いてる?」
「あぁ、何だっけ、」
「だから、好きな映画の話!私さプライム会員なんだけどさ、高校のとき見た洋画が本当に良くて号泣しちゃったの、そしたら次の日に瞼が腫れ上がっちゃってさ学校で皆んなに失恋したんじゃないかってみんなからジュースとかお菓子とか貰って慰められたの、「大丈夫だ!この世には星の数ほど男が居るから、気にするな!」ってそこまで言われてさ、笑っちゃうでしょ?あまりにみんなが真剣だから実は、洋画見て大泣きしたんだなんて恥ずかしくて言えなかったんだよ。」
「そんなに良かったのか、その洋画」
「え、ああ、うん!良かった!感動して感動して最後涙で画面が歪んじゃうほど良かったの。タイトルはね、えーっと…あ!着いたよ!」
「おお。」
着いた先の店は昔ながらのレトロチックな喫茶店だった。ドアを開けると想像通りのカランコロンと音がした。入るとコーヒーの香りがふわっとした。
「いらっしゃいませ〜、あ、アッちゃんお疲れさん。あれそちらは…」
「ん?ああ、友達だよ!友達。おじさん、モーニングセット2つね、飲み物何がいい?」
「え?ああ、コーヒー、ホットで。」
「おっけい、ホットとミルクティーね!」
「はーい、水は持っててね。」
「了解〜」
彼女は水を2杯持って窓際の席に座った。
「本当に行きつけなんだな。」
「うーん、まあね、細かく言うと行きつけって言うよりここお叔父さんの店なの。さっきの人、ママのお兄ちゃんなの。」
「あ、そうなんだ。だから名前で…」
「ああ!そうだ!」
彼女が何かを思い出し、ガタッと机が揺れた
「ビックリした…。何だよ…」
「名前だよ!な・ま・え!私、あんたの名前知らないじゃん!」
「ああ、それは、俺もさっき思った。」
「ははっ、お互い名前も知らないのにモーニングを共にするって凄いね、私たち。」
彼女はそう言って笑ったが俺からすれば家族以外と飯を食うこと自体学生時代の弁当を除けば数えるほどしかない。だから今日この時間は俺にとって本当に異例な時間なのだ。
「はい、お待たせ。モーニング2つとホットとミルクティーね。」
そういえば、余命宣告を受けてからちゃんとご飯を食べてなかったな、朝ごはんなんて特に食べてなかった。
運ばれてきたモーニングはこんがり焼かれたトーストにバターが塗られていて香ばしい匂いにコーヒーの香りがより一層食欲を掻き立てた。
「旨そう…。」
「うん、美味しいの。おじさんのモーニング、小さい頃からファンなの。」
彼女の言う通りおじさんのモーニングは旨くてコーヒーもトーストと相性抜群で全て完璧だった。旨い、旨いと頬張る俺を見て彼女はセットのゆで卵を剥きながら笑っていた。
「俊介はコーヒーいつから飲めるの?」
突然の呼び捨てに含んだコーヒー吹き出しそうになった。
「ゴホッゴホッ、呼び捨てかよ。」
「ははっ、大丈夫?水飲みな!ほんと面白いなぁ、俊介は。いいじゃん、呼び捨てで。俊介も呼びなよ。いいよ何でも。篤子でもアッコでもアッちゃんでも何にする?」
同性すらこんなに会話したことないのに名前の呼び方なんって恥ずかしくてたまらなかった。たまらないので話をそらすことにした。
「高校からだよ、最初は苦いからカフェオレも飲めなかったけどあるとき読んだ小説がバリスタの話で読んでから何だか旨そうに思えて飲みたいと思ってそこから段々ハマったんだよ。」
「え、そうなの!それって凄いね!私もそれ読んだら飲めるようになるかな。私、コーヒーダメなの。苦いのが苦手でいっつも甘いミルクティー。でもいつか飲めるようになりたいんだよなぁ。」
「なんで、イイじゃん、甘いミルクティーで。」
「イイんだけど、子供っぽいでしょ?」
「そうかな、こだわり持ってるみたいでイイと思うけど。」
「こだわりか…それイイね。こだわり!響きが気に入った!」
「ふっ、何だそれ、単純だな。」
「うお!笑った!初めて笑った!へぇー、笑うとそんな感じになるんだ。イイじゃんイイじゃん、もっと笑ってよ!」
‘こだわり’って言葉に子供のように喜ぶ姿の方が余程子供じゃないかと思うと笑ってしまったが恥ずかしくて後悔した。
「うるさいよ、笑ってないし、もう笑わねーよ。」
「えー、勿体ないなー笑った方がもっと感じいいのに。」
「もういいんだよ、それは。」
それから少し彼女の話を聞いて相槌を打ちながらモーニングを愉しんだ。
「じゃあ、また明日ね!」
「ああ…」
彼女は手を振って自転車を漕ぎ出した。
「篤子!」
大声を出してる自分が1番驚いた。
振り返った彼女も驚いていた。
呼び止めたものの何を言うべきかわからなくて
「また明日な」
小さな声で呟いた。これが俺最大の勇気だった。
彼女にはうまく聞こえなくて「何て?聞こえない」と問われたが俺は恥ずかしくてそそくさと立ち去った。
「ははっ、ほんと俊介は面白いな。」
彼女はまた笑って自転車を漕ぎ出した。
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