第8章 本当に大切なモノ

第41話 来訪者

 まぶたを閉じていても、光が差し込んでくる。小鳥の鳴き声が今日に限っては、うるさく感じられた。


 もう、朝か。ほとんど寝られなかったな。若い身体だから、苦にはならないが。


 これから、大きな戦いが待っている。気合いを入れないと。

 僕は自分の頬をペシっと叩いてから、起き上がる。


 すると、部屋のドアが開き、エプロン姿の妹が入ってくる。


「お兄ちゃん、朝ごはんできたよ」

「えっ、ラウラが作ってくれたの?」

「うん、こんなときだし。少しでも、お兄ちゃんの力になりたくて……」

「ラウラ、ありがとね」


 ラウラはうなずくと。


「行くんでしょ?」


 目と口で、問いかけてくる。

 迷うまでもない。僕は首を縦に振る。


「ああ。まずはギルドに行って、上の人に掛け合ってみる」

「なら、栄養をとらないとね」


 朝食後、エスプレッソを飲みながら、ギルドが開く時間を待つ。

 本当ならすぐにでも出かけたいが、焦っても道を見誤る。頭の中で、エーヴァさんを救うための方法を練ることにした。


 まずは、僕の公的な立場で交渉する。ギルドに雇われの職業支援士として、僕はエーヴァさんを見てきた。いかに彼女が優しくて、平和を愛していたか主張するつもりだ。


 この際、元勇者パーティーの肩書きも利用しよう。不本意だが、仕方がない。邪険にされるとは思えないし。


 しかし、僕の肩書きだけで、エーヴァさんを無罪に持っていくのは無理がある。

 裁判制度がある。法的な理由もなく、主張したところで、通らないだろう。


 その一方で、いわゆる魔女狩りも行われていた。田舎では、魔女=魔族と疑われた場合は、裁判すら開かれずに処刑されることもあるそうだ。アレッツォは都市なので、まず起こらないと思っているが。


 濃いカフェインを摂取しながら、思考を巡らせていると。


「ごめんください」


 部屋のドアがノックされる。


「朝からすまない」


 男性の声に聞き覚えがあったので、僕は応じる。


「どうぞ、お入りください」


 ドアの向こうにいたのは、エーヴァさんの父親だった。


「どうして?」

「娘から君の家のおおまかな場所を聞いていたんだ。あとは、近所の人に聞いたら、教えてくれたよ」

「す、すいません。お嬢さんのことは……」

「君のせいじゃない。俺が悪い」


 憔悴しきった顔で、目は真っ赤だった。


「エスプレッソをどうぞ」


 気を利かせた妹がテーブルに案内する。

 ロベルトさんは、コーヒーを口に含むと、頬を緩めた。


「こうなった以上、君には真実を話しておきたい。悪いが、朝からお邪魔させてもらった」

「ロベルトさん。どうして、僕に?」

「娘は、すごく楽しそうに君のことを話すんだ。将来のこともある。なにも知らないでは、君も迷惑だろう」


 ロベルトさん、なにか誤解してる気がする。ラウラがジト目を向けてくるし。状況が状況だけに、聞き流そう。


「それで、お話とは?」

「娘の秘密についてだが――」


 ロベルトさんの翠の瞳に、哀愁が漂う。

 以前、ロベルトさんと話したときのことを思い出す。エーヴァさんのお母さんが家を出ていった。そう悲しそうに語ったときと、同じ目だったから。


 僕が過去を反芻はんすうしていると――。


「あの子の母親は、魔族なんだ。俺は魔族と恋をして、あの子が生まれた」


 衝撃が身体を貫いた。

 刻印を見たときから、察してはいた。それでも、受け入れたくなかった。けれど、父親に断定されてしまったら、現実を認めるしかない。


 15年前まで存在していた魔王。その魔王を輩出し、他種族を攻撃してきたのが、魔族。


 魔王が滅び、だいぶ数を減らしてはいる。が、魔族による略奪や暴力は、ときどき発生していた。魔族が勢力拡大をはかっていると主張する政治家もいて、勇者パーティーでも、最優先の討伐対象にしている。


 また、半魔族に対する人々の忌避感もある。

 悪しき魔族と人間が交わる行為。罪そのものであり、純粋な魔族よりも悪質だと、人々の間に根強い信仰があった。


 政治的にも、感情的にも、最悪の展開である。


 本来であれば、僕も落ち込んでいただろう。

 だが、しかし。


「ロベルトさん、あなたは後悔していないのですね」


 目を充血させたロベルトさんから、娘への愛情が伝わってくる。状況を呪ってなどいられない。


「ああ。俺と妻は愛し合って、娘が生まれた。そのことを恥じるつもりは一切ない。俺が過去を悔やんだら、誰がエーヴァを肯定してやれる。俺は魔族の女を愛してしまった。ただ、それだけ。なのに、運悪く魔族と人間は争う運命だった。俺たちは運命に負けて、今も娘に……」


 ロベルトさんは言葉を失っている。瞳に涙が浮かんでいた。

 僕も彼が発する悲しみを共有しようと、沈黙で見守る。


 やがて、父親は重い口を開いた。

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