第39話 疑惑

 中隊長がエーヴァさんに1枚の紙を突きつける。


「エーヴァ・リリス。貴様には街を危機に貶めようとした嫌疑がかかっている」


 思わぬ言葉を受け。


「「なんだって⁉」」「えっ、マジで!」「ふぁっ⁉️ 真面目ちゃんが」


 僕とラウラ、ソフィさん、ビアンカさんが絶句する。

 酒場に居合わせた冒険者たちも、「ウソだろ」と戸惑いの声を漏らしていた。


「申し開きがあるなら、要塞で聞く。引っ捕らえろ」


 中隊長が指示を出す。一瞬で僕たちは兵士たちに取り囲まれてしまった。

 エーヴァさんは青ざめた顔で、言葉を失っていた。


「待ってください」


 僕はエーヴァさんと兵士の間に割って入る。


「証拠はあるんですか?」

「この人が目撃していたんだ。銀髪の少女がモンスターを召喚していた、と」


 中隊長は女騎士さんを指さすと、射貫くような目でこちらを睨んできた。常人だったら、怯んでいたかもしれない。だが、こっちは人生経験だけは豊富だ。僕には通用しない。


 一歩前に出て、声を張り上げた。


「そんなことあるはずありません。今日、エーヴァさんは僕と一緒にいました。モンスターを召喚したのなら、僕たちが気づいたはず」

「身内の証言が証拠になると思うのか?」

「……っ」


 その通りなんだが、ここで引き下がるつもりもない。


「なら、エーヴァさんが召喚した証拠を見せてもらえませんか?」


 僕がリーダーに訴えかけると。


「彼女、以前、暴走しましたわよね」


 ビキニアーマーの女が出てきた。


「どういうことですか? その――」

「シルヴァーナと申しますわー」


 女騎士さん改めシルヴァーナさんはエーヴァさんを試すように見る。


「彼女、命令違反で仲間ごと吹き飛ばそうとしたわよねー?」

「うっ、それは……」


 エーヴァさんが口ごもる。

 困惑してるのが丸わかりで、僕は助け船を出した。


「『上手くやらなきゃと思ったら、頭が真っ白になった』と、エーヴァさんは反省していました」


 説明しながら、自分に言い聞かせる。絶対に何かの間違いだって。


 平和を愛して、意識高い系とウザがられていたエーヴァさん。そんな子が意図的に味方を攻撃したり、モンスターを召喚したり。そんなことするはずがない。


「エーヴァさんが街を破壊する動機はあるんですか?」


 僕が中隊長に問いかけると、「そうだ、そうだ」と賛成の声が湧き上がる。


「兄ちゃんの言うとおりだ。俺、同じパーティーでエーヴァちゃんを見ていた」


 ひとりの青年が前に出る。


「ブルーノさん?」

「……安心しろ。今は味方だ」


 エーヴァさんが以前いたパーティーのリーダーらしい。彼は元部下に微笑みかける。


「彼女、不器用な子でな。うちのメンバーとは気が合わなかった。みんな現実主義者で相性が悪かったんだ。でもな、人を騙す子じゃない。悪意がないことは、みんなわかっている」


 ブルーノさんが口を閉じると、他の冒険者が言葉を引き継ぐ。


「話したことはねえけど、たまにギルドで見かけると、癒やされるんだよ」「そうそう。俺らのアイドルなんだぜ」「そうだ。守ってやりたくなる子だし」


 ありがたいことに周りが援護してくれた。


「盛り上がっているところ、悪いんだけどー。ワタクシ、証拠を見たことあるのー」


 シルヴァーナさんが間延びした声で言う。


「暴走事件のことが引っかかっていて、彼女に探りを入れていたの。ある日、彼女が浴場に行ったじゃない。ワタクシも追いかけましたわ~。そこで知ってしまったの」


 居合わせた数十人の視線が女騎士さんに集まる。


「彼女の太ももに刻印がありましたわ。その刻印こそが魔族の証」

「あっ!」


 僕は思わず叫んでしまった。

 以前、事故でエーヴァさんが転んだことがある。そのとき、スカートがめくれ上がって、太ももの奥が見えた。刻印タトゥーみたいな紋様はあった。一瞬のことだし、場所が場所なので、詳しくは確かめなかったが。


 それに、魔族に刻印があるのは、僕も知っている。ドラゴン退治の件で戦った魔族の女は、背中に蛇の刻印があった。


 居合わせた冒険者たちも戸惑いを露わにしている。マズい。空気が悪くなり始めた。


 どうにか援護しないと。

 焦った結果。


「待ってください。エーヴァさんに刻印があったからといって、半魔族だという証明はできないと思います」

「なら、今ここで見せてもらおうか。刻印とやらを」


 墓穴を掘ってしまう。

 エーヴァさんが後ろから袖を掴んできた。僕の上着が波を打つ。動揺が伝わってきて、僕は振り返る。


 銀髪の灰魔術士は頬を赤らめ。


「……あたし、やります」

「いいの?」


 コクリとうなずいた。


「隠そうとしたら余計に疑われます。それに、あたし、後ろめたいことしてませんから」


 話しているうちに、エーヴァさんの震えは収まっていく。


「あたしにはラファエロさんがいますから……」

「……エーヴァさん」


 覚悟を決めたのなら、僕がエーヴァさんをフォローするまで。


 皆の視線を浴びる中、白銀の髪の少女はおそるおそるスカートに指をかける。


 僕は空いた方の手を握ると、妹に目配せする。

 立ち上がったラウラは、近くにあったテーブルクロスを2枚取り、両手を広げた。布が重力に引かれ、だらりと下がる。意図を察したソフィさんもラウラの横に立ち、同じことをした。


 テーブルクロスで仕切りを作り、必要以上の人が見ないようにとの配慮だった。


 そうしているうちに、エーヴァさんはスカートを下着が見えないギリギリのところまで持ち上げていて――。


「驚いたな」


 中隊長が絶句する。


「そうなの~。裸の女に大蛇が絡みついているでしょー。この刻印は、リリス。人と魔族が交わった、半魔族の証よ」

「なっ?」


 僕は斜め上から見下ろす。角度的にわからなくて、「ごめんね」と謝ってからしゃがみ込む。


 白い太ももが目に入る。ちょうど外側の中央あたりに、凝ったタトゥーが浮かび上がっていた。


 林檎を囓った裸体の女の胴体に大蛇が巻き付いている。女性は恍惚とした笑みを浮かべ、蛇を受け入れている。女性と蛇が同化しているようだった。


 ゾクリと背筋が寒くなる。

 前に戦った魔族の刻印に近いものを感じたからだ。


 中隊長が重々しく口を開く。


「女は文字通り、人間。邪悪な蛇は魔族を象徴している」


 渋い声は裁判官のよう。


「数日前、シルヴァーナさんから報告を受け、密かに調査をしていたんだ。我らは魔族に詳しい専門家に確認をした。人間と蛇が絡み合う刻印は……人間と魔族の血が混じった半魔族の証だと」


 有罪判決を言い渡された被告人の気分に陥った。

 どうすればいい?

 策が思いつかない。


 それでも、彼女を力づけようと笑顔を向けるが。


「かも…………しれません」


 蚊の鳴くような声で。


「あ、頭が真っ白になっちゃうことがあって……」


 銀色の髪の少女は、死人のような青ざめた顔で。


「あたしが……犯人だったの…………かも、しれません」


 なにを言ってるのか理解できなかった。


 体内を駆け巡る衝撃に気づいたのは、兵士たちがエーヴァさんに触れたときだった。

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