第3部 本当の自分

第7章 トランジション

第38話 祝宴

 ソフィさんがモンスターを全滅させてから、2時間がすぎた頃。

 秋の夜が深まりつつあるなか、僕たちはギルド1階の酒場にて、宴を開いていた。


 参加者は20人ほど。あの場に居合わせた冒険者たちである。店は貸し切り状態。冒険者たちは手柄を語り、大道芸人のビアンカさんが一発芸で盛り上げる。


 外の静けさとは対照的に、店内は雑然と賑わっていた。

 僕たちは店の中心に近いところにいた。テーブルには、パスタやピザ、チキンのトマト煮などの料理が並べられている。


「ん。チキンにトマトの味が染みこんでいて、おいしいけど……」


 チキンを噛み終えた青髪の少女がポツリと言う。


「ソフィ。すみっこに行った方がいいのかな?」


 本日の英雄は手持ち無沙汰に、目に入りそうな前髪をいじっていた。


「そんなことないよ。ソフィさんはここでいいから」


 僕がフォローすると。


「ラファエロさんの言うとおりです。ソフィさんのおかげで、大きな怪我人も出なくて済みましたし」

「そうそう。お兄ちゃんが褒めてるんだから、自信持ちなよ」


 エーヴァさんとラウラもソフィさんを肯定してくれる。

 僕の仲間うちだけでなく。


「そうだ、そうだ」「うんうん、幻獣なんてレアなもん見られて、オレ、興奮したぜ」


 他の冒険者たちも口々に彼女を褒めそやす。


 恥ずかしいのかソフィさんはうつむき、テーブルの下から僕の手を握ってくる。

 僕は目でソフィさんに微笑みかける。彼女は蜂蜜酒を口に含むと、僕を見つめて。


「ん。ソフィ、召喚術士に転職ジョブ・チェンジするから、儀式をお願い」

「わかりました。明日にでも、マグナ神殿を予約しておきますね」


 僕も蜂蜜酒が入ったグラスを手に取る。濃厚な琥珀色の液体が舌に触れた。甘美な刺激に酔いしれそうになる。妙に酒が身体に染みた。久しぶりに酒を飲んだのもあるかもしれない。


 周りの冒険者たちも酔って騒いでいる。まさに、宴もたけなわだ。

 喧噪のなか、ポツリとラウラがつぶやいた。


「けれど、なんで街の中にモンスターが出たのかなー?」

「そうです。前回の件があって、見回りは強化されていました。あんな数のモンスターが侵入できるはずありません!」


 エーヴァさんがすかさず反応する。珍しく語気を荒げていた。


「あたしたち街の平和を守ろうとやってきたのに、悔しいです」


 銀髪少女は唇を噛みしめる。見回り活動に従事していたのだから、無理もない。


「悔しいんですね」

「ええ。数十ものモンスターを街で育てていたとしても、鳴き声などで誰かが異変に気づくはずです。かといって、門番さんの反応では、門にも異変がなかったようですし」


 エーヴァさん、蜂蜜酒を煽ると、頬を膨らませる。白い肌は朱に染まっていた。


「絶対に変です!」


 酔っているのかな。意外な一面を見てしまった。微笑ましく見守りたいところだが。

 エーヴァさんの話を聞いていて、僕はある可能性に思い至った。その瞬間、一気に酔いが醒めていく。


「魔族かもしれない」


 魔族。モンスターを率いる亜人の一種。その魔族の頂点にいたのが、先代魔王である。


 エーヴァさんたちの目が僕に注がれる。


「魔族がこの街に潜伏しているなら、つじつまが合う」

「ラファエロさん、どういうことですか?」

「魔族はモンスターを転移させられるんだ」

「転移?」

「そう。別の場所からモンスターを移動させられるんだ。ソフィさんがルビィちゃんを召喚するみたいな感じで呼び出したのかもしれない。それだったら、侵入の目撃証言がないのも納得できる」

「なるほど、広場のときも今日も、魔族が絡んでいたってわけね。さすが、お兄ちゃん」


 ラウラが僕を持ち上げると、隣のテーブルにいた冒険者が話しかけてきた。


「あんた、元勇者パーティーなんだってな。他の冒険者が言うより、説得力はある。ホントに魔族の仕業なんじゃねえか」

「かもな、かもな」


 マズい。元勇者パーティーの力は予想以上らしい。思った以上に話が広がっていく。すぐに、酒場中が魔族の話題ばかりになる。


 魔族と接点のある冒険者はいないらしい。大戦から10年以上経つ。当時を知る冒険者は引退しているのだろう。


 未知の敵に対しての好奇心や恐怖などが飛びかわっていた。不安を煽るつもりはないんだけど。


「あくまでも、状況証拠からの推測ですので、あまり騒がないで――」

「彼の言うことは本当だ」


 否定しようとしたところ、遮られてしまった。

 男の重みのある声によって。


 声をした方を見れば、入り口近くに数人の兵士が立っていた。兵士はさっきまでいなかった。

 彼らはピリピリした空気を放っている。とても酒を飲みに来たようには見えない。

 

 疑問に思っていたら、ギルド1階兼酒場のドアが開く。

 仰々しい鎧に身を包み、槍を持った男が、女を連れて入ってきた。謎の男は、なぜかエーヴァさんを指さす。


「その女で間違いないのか?」

「そうですのー。中隊長のオジサマ」

 

 問いに答えたのは、ビキニアーマーの女騎士さんだった。ソフィさんのお父さんに街の案内をした彼女である。


 中隊長はエーヴァさんを睨む。子どもだったら間違いなく泣き出すほど、殺気だっていた。


 意味がわからない。僕は中隊長と女騎士さんを観察する。

 女騎士さんが妖艶な笑みを浮かべて、


「そう。その銀髪の灰魔術士。彼女が魔族ですわー。厳密には、半魔族。魔族と人間のハーフみたいですけれどー」


 とんでもないことを言い出した。


「なっ?」


 静まりかえった酒場に、絶句の声が響いた。

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