第37話 自分だけの戦い方

「ソフィ、やる」


 アクアマリンの瞳が真夏の南国のように煌めく。


「やるって決めたから」

「ソフィさん?」

「ソフィ、お兄さまみたいになりたかったの」


 ソフィさんは戦場となった街を見渡す。

 既に、住民たちは避難を終えていた。冒険者と兵士の数も増えている。増援に来てくれたらしい。だが、敵も多く、鎮圧にはほど遠い。


「ソフィはお兄さまになりたくて、なれなかった。……悔しかった。惨めだった。泣いた。逃げた」


 ソフィさんの瞳に涙が浮かぶ。

 僕は彼女の横に立つと、手を掴んだ。細い指は震えている。けれど、怯えた感情は伝わってこなかった。


「でも、ツラかったからこそ、ルビィちゃんに癒やされた。ラファエロちゃんに勇気をもらえた」


 ソフィさんは目を拭う。


「だから、もう一度、戦う。ソフィの、ソフィだけの戦い方で」


 自己肯定感が低かった女の子は顔を上げ、右手を天に向かって突き出す。


「ルビィちゃん、来て。ソフィと一緒に戦おうよ!」


 刹那。茜色に染まった空に一筋の光が射す。石畳にオレンジ色の点ができる。


 やがて、光が収まり、小型の竜が現れた。

 異界より召喚された竜は、中型犬ぐらいのサイズでかわいらしい。羽は雪のように白い。見た目的にはファンシーな生き物だが、神々しさにあふれている。


「ルビィちゃん、ありがと」


 ソフィさんは竜の頭を撫でる。ルビィちゃんは気持ち良さそうに目を細める。まるで、ペットだ。


「ルビィちゃん、あいつをやっつけて」


 ソフィさんが指さした先にピエロ服の少女と、鎧の騎士がいた。

 

 敵は大剣を振り回す。

 執拗な攻撃にもかかわらず、ビアンカさんは曲芸師らしい身のこなしで軽くかわす。水平斬りに対し、ピエロはジャンプ。かわすと、剣の上に乗る。


 すごい。アクロバティックな動きが大道芸人の強みだったとは。

 感心していたら。


 ――ツルッ!


 ビアンカさんが着地した場所に、運悪くバナナの皮が落ちていた。どこにあった、バナナなんて⁉


 突っ込みを入れてる場合じゃなかった。転んで、無防備になった大道芸人を目がけて、剣が振り下ろされる――。


「ヒギィィヤァァァァッッ‼」


 が、ビアンカさんに到達する前に、剣は地面を転がっていた。鎧の小手と一緒に。

 メタルダークナイトは右手を失っていた。ルビィちゃんの吐いた炎が、直撃していたのだ。


「さすが、ルビィちゃん!」


 ソフィさんがガッツポーズを決める。


「どうして? 属性魔法が効かない敵なのに」


 様子を見ていたラウラが首をかしげる。


「ラウラ、理由があるんだよ。幻獣、なかでも竜が吐く炎は無属性だから」

「無属性?」

「ああ。炎だから火属性のように感じられるが、どの属性にも属さない無属性なんだ。無属性は属性耐性のモンスターにも有効というわけ」

「すごい。楽勝じゃん」


 ラウラが感嘆すると、ソフィさんは笑顔でうなずく。


「ルビィちゃん、トドメを刺すよ」


 武器を失った鎧は大道芸人に体当たりせんと突っ込んでいく。

 小竜は息を吸い込む。ところどころ青と赤が入り混じった、半透明の炎を吐き出す。しかも、大型の獣すら収めるサイズだ。


「GURURURUURUL!」


 人ひとり分の鎧は悲鳴を上げながら、炎に包まれていく。

 炎が消える。粉々になった金属が風に吹かれて舞う。鎧の騎士の姿はなかった。


「やったよ、ソフィさん」

「……ラファエロちゃん。ソフィとルビィちゃんが倒したの?」

「そうだよ。これがソフィさんの力」

「ソフィの力……なんだ」


 自己肯定感が低かった少女は恥ずかしそうに笑う。


「ラファエロちゃんが手を繋いでくれたから。だから、勇気が出たの」

「ありがとう。でも、僕はソフィさんを少し支えただけ。ソフィさんの才能だから」

「ちょっと~ラブコメしてる暇なんてないよぉぉっっっ!」


 ピエロ服の少女が数十体のモンスターに追われて、叫んでいた。


「グンニプハが成功したのはいいけど……半径50メトル内にいるモンスターのヘイト値をボクひとりに集中させる、最悪の効果が発動しやがって。氏ねっての」


 最悪と言っていながら、どこか楽しんでいそう。


 オークの棍棒が水平に薙ぐ。大道芸人はバク転でかわす。着地したのもつかの間、トカゲ型のモンスターが炎を吐く。


 すると、ビアンカさんも口から火を噴き出して、敵の魔法と相殺する。

 まるで、サーカスを見ているような戦い方だった。


 切羽詰まった状況なのに、微笑ましい。げんに、周りの兵士や冒険者たちは腹を抱えて笑っている。

 けれど、ピエロ服はところどころ破れ、膝もすりむいている。案外、余裕がないかもしれない。どうにかして、フォローしないと。


 そう思っていたら、ピエロの動きが急に止まった。


「しまった。活動限界が来た。母星に戻らないと」


 本人は引きつった笑みを浮かべているが、口以外は微動だにしていない。


「……みんな、ボク、ゾンビな賢者を目指すことにした。あーばよ!」


 さすがに周囲がドン引きする。

 助けに行きたいが、距離が離れていて、間に合わない。

 モンスターがピエロに殺到し、狼の牙が迫ろうとする――。


「ルビィちゃん、まとめてやっちゃえ!」


 ソフィさんが人差し指をモンスターの群れに向けると。


「キュルゥゥッゥッゥッゥッゥッゥッゥッゥッゥッゥッゥッゥ‼」


 幻の世界からの助っ人はかわいらしい鳴き声とともに、小柄な身体よりも数倍大きな炎を吐き出す。

 半透明のフレアは、数十体の敵を一気に巻き込み。


「「「「「GURUUUUUUUUUUU!」」」」」「「「ギャァァッァッ!」」」


 呑み込んでいく。

 十数秒後、炎は消える。大量の灰が風に吹かれ、舞う。


「……ソフィが、や、やったの?」


 光景を目の当たりにしてさえ、信じられなかった。

 本人を含め、誰もが半信半疑である。せめて、僕が肯定しなければ。


「ルビィちゃんとソフィさんが全滅させたんだよ」


 僕はソフィさんの手を握りしめ、はっきりと告げる。


「ソフィ、やったんだね?」


 弱気だった少女は噛み締めるように言ったあと。


「初めてだった」

「なにが?」

「楽しいって。戦うのが……」


 ソフィさんが僕の手を取り、軽く飛び跳ねる。豊かな双丘が一拍遅れて、上下に揺れる。


「ソフィさん、戦うのが楽しいんですね?」

「ん。ラファエロちゃんとルビィちゃんが一緒だから」

「……ルビィちゃんと一緒なら、これからも戦っていける?」

「もちろん」


 迷う素振りも見せずに即答する。


「……そうか。それがソフィアの答えなんだな?」


 エドモンドさんは射抜くような視線を娘に向ける。

 でも、今のソフィさんなら安心して見ていられた。


「そう。魔法剣士はダメだけど……召喚術士なら大切な人を、家族を守れるから」

「……ソフィア」

「だから、ソフィ、召喚術士に転職します」


 娘は父親の顔を見据えて、決意を露わにする。


「……少しだけ、ソフィ姉さんに顔が似てきたな」


 エドモンドさんの顔が穏やかになる。


「先に帰る。みんなと食事でもして来なさい」


 エドモンドさんは娘に金貨を渡すと、足を引きずりながら去っていく。


 その後、一緒に戦った人たちからソフィさんは英雄扱いされ、みんなでギルドの酒場に行くことに。

 酒宴は大いに賑わった。

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