第36話 自己成長力
前腕がピリピリとしびれる。
激しい斬撃だった。雷に打たれたかと錯覚したほどだ。
回避に失敗して、剣で受けるしかなかったが……。半年前に最前線を退いてから身体がなまったようだ。次からは気をつけよう。
僕はバックステップでかわす。額から流れた汗が、石畳に落ちる。秋の夕暮れとはいえ、暑くてたまらない。
敵は大剣を続けざまに振るう。人間の腕力だったら、この速度を出すのは物理的に不可能かもしれない。肉体がなく鎧だけだからできる芸当だった。
何度も相手の攻撃をかわしているうちに、息も上がってくる。
マズい。防戦一方だ。徐々に相手の癖がつかめてきたこともあり、反撃することに。
相手の攻撃を左に避けてから、逆袈裟を放つ。鎧の左胴に当たる。が、相手は硬い鎧。傷一つつけることすら叶わなかった。
せめて、剣技スキルがあれば。あらためて、勇者に譲渡したことが悔しくなる。
心が暗くなりかけたとき、背後から声援が聞こえてきた。
「お兄ちゃん、頑張れ」
ラウラの応援に励まされ。
「ラファエロさん。回避アップの魔法をかけますね」
エーヴァさんの支援魔法で身体が軽くなった。
が、じり貧なのは間違いなく。焦り始めたところ。
「♪ゲームは1日1時間? ふざけんなし。遊びから得られる経験もあるんだよ!」
ビアンカさんが歌い始めた。というか、酒場でおっさんがクダを巻いているようにしか思えないのだけど。
それでも、大道芸人のスキルが発動する。メタルダークナイトは剣を振り上げたところで、動きを止めた。
「ありがとう」
「いやー、ボクがグンニプハで決めちゃるよ~」
ビアンカさんが赤髪をかき上げて言う。
不安になるが、彼女のおかげで助かったのも事実。今のうちに態勢を立て直そう。
辺りを見渡す。あいかわらずの混戦で、援護は期待できない。
ふと、ラウラたちの姿が目に入る。
ラウラは武器を持っておらず、ソフィさんのお父さんは足を痛めている。エーヴァさんには魔法で支援してもらっている。
ソフィさんは石畳にひざまずき、今にも泣き出しそう。アクアマリンの瞳は不安げに揺れている。元々白い肌は、さらに青ざめていた。
「ソフィじゃ……みんなの役に立てないよね」
唇を噛みしめるソフィさん。その姿に怯えだけではなく、悔しさもにじんでいた。
ソフィさんが発する言葉なき訴えを受け、僕はあることを閃いた。
いわば、賭けである。けれど、彼女が生きていくうえでも、僕たちが窮地を脱するためにも、必要なこと。そう思われた。
覚悟を決める。
僕は片膝立ちになり、ソフィさんと目線を合わせた。
「ソフィさん」
「ん?」
「みんなの役に立てないと言ったよね」
「そ」
「ソフィさんは戦いたいと思ってるから、そう言ったのかな?」
僕は彼女の心の奥底にある感情を映し出す鏡となる。
青髪の少女は目を見開いた。
「本当は自分も戦いたい。勝って、みんなの役に立ちたい……そう思ってるよね?」
「なに言ってるの? ソフィはダメな子だから。冒険者失格で、花嫁修業しないといけないの――」
「ちがう!」
僕は思わず、ソフィさんの両肩を掴んだ。彼女はピクッと震える。
「戦えないことが悔しくてたまらない。僕の目にはそう見えるんだよね」
「悔しくてたまらない?」
「そう」
僕は笑顔を心がけて、全身でうなずく。
「このまえ、広場にモンスターが出たとき、僕たちを助けてくれたよね」
僕が目で訴えると、内気な少女はコクリと首を振った。
「僕を助けたとき、モンスターを倒したとき、ソフィさんはどう思った?」
「あっ?」
ソフィさんはなにかに気づいたらしい。
「ラファエロちゃんが困ってる。なんとかしなきゃ。とにかく必死だった。ルビィちゃんにお願いしたら、ルビィちゃんが来てくれて」
「……とにかく必死だったんだね」
ソフィさんの感情が発露した言葉を僕が伝え返すと。
「そうなの」
「今も同じじゃないのかな?」
「……」
「前回よりも敵の数が多くて、強い。恐怖心に負けてる。だから、諦めたの?」
「諦めた……ううん」
ソフィさんは首を横に振る。青髪がパサリとなびく。
「諦めてないかも……けど」
再び、少女はうつむいてしまう。
「ソフィさんには戦う力がある。少なくとも今の僕よりは」
「ソフィに力がある?」
「そう。ルビィちゃんがいるじゃないか」
「あっ!」
「仮に、ソフィさんが戦えなくても、ルビィちゃんがいる。ルビィちゃんは僕を助けてくれた。ソフィさんは強いんだよ」
「うん、ソフィ強い」
僕はソフィさんの肩を掴む手に軽く力を入れる。彼女の体温が上がるのを感じた。白い頬にみるみる生気が宿っていく。
これでソフィさんが戦える。未来に向かって、自分で一歩を踏み出せる。
そう思ったが――。
「君、さっきから黙って聞いていれば」
最悪なことに、エドモンドさんが割り込んでくる。
父親が出てきたことで、ソフィさんの顔が硬くなる。
「娘は元冒険者だ。これ以上、危険な目に遭わせないでくれたまえ」
「……やっぱ、ソフィじゃダメだよね。冒険者失格だもん。召喚術士になんてなれるわけが――」
「ちがう!」
僕は意図的に声を荒げると、ソフィさんのお父さんを凝視する。
「お父さん、ソフィさんの人生なんです。ソフィさんの将来を決めるのは、ソフィさんですから。親ではありませんよ」
「……くっ」
諭すように言ったところ、氷人族の戦士もたじろぐ。
「ラファエロちゃん、そこまでソフィのこと?」
「ええ。僕はソフィさんに立ち上がってほしい。自分の足で、自分の人生を歩んでほしくて。僕にとって、ソフィさんは大切な人だから」
「……でも、ソフィなんかじゃ諦めるしかなくて」
必死に想いを告げるも、ソフィさんはできないと決めつけてしまっている。
なら、新たな策に出るまで。
「ソフィさん。僕も諦めたことあるんだよね」
「ん?」
「僕、実は勇者パーティーにいたんだよね。といっても、役目が終わったとたんに追い出されちゃったけど」
「えっ?」
僕が過去を打ち明けると、ソフィさんはポカンと口を開けた。
「お兄ちゃん⁉」「ラファエロさん?」
ラウラは、「いいの?」と言いたげで、エーヴァさんは驚いている。
反応したのは妹たちだけでなく。
「まさか、元勇者パーティーだったとは」
ソフィさんのお父さんは絶句している。
僕はこの隙を見て、話を続けた。
「僕、勇者パーティーに入ることが夢だったんだよね。僕の人生って、灰色だらけだったから……若輩者が生意気かもしれないけど」
本当の年齢を言えないので、僕は誤魔化すように笑った。
「僕、希望を抱いて勇者パーティーに入ったんだ。でも、期待は裏切られた」
僕が視線を伏せると、ソフィさんは心配そうに覗き込んできた。
「詳しくは話せないけど、僕はパーティーに貢献したのに、まったく評価されなかったんだよね」
おいしいところを持っていかれたときの悔しさ。
「結局、僕は1年でお払い箱さ。冒険者としてのすべてを失った。今でも思い出すたびに、胸が痛むんだ」
僕は失われた
「ラファエロちゃん……」
ソフィさんが泣きそうな目で、僕の髪を撫でてくる。大変な状況だというのに、ふんわりとした香りに癒やされた。
「けれど、僕は後悔してないよ」
「えっ?」
ソフィさんが意外そうな目で僕を見た。
僕は暗く澱んだアクアマリンの瞳に語りかける。
「奪われたけど、その分、もっと大事なモノをもらったから」
「……」
「たとえば、ソフィさん」
「ソフィ?」
「うん。僕が勇者パーティーにいたままだったら、ソフィさんと出会うことはなかったし。ソフィさんと話して、楽しくなることもなかった」
「ソフィといて、楽しいの?」
「もちろんだよ。この前、公園でルビィちゃんと遊んでいるソフィさんを見て、感動したんだから。僕まで心が明るい気分になってきて……ソフィさんと関われて、良かった。心の底から思ってる」
「ラファエロちゃん、ソフィ……いいの?」
上目遣いで僕を見つめる目が彼女の感情を語っていた。
僕は全身を動かして、うなずく。
「ソフィさんがしたいことをすればいいんだよ。僕が、ううん、みんなが助けるから」
「……でも、ソフィ、ミスばかりする」
「ミスしてもいいんじゃん!」
別の声が割り込んできた。
「ボクもさっきやらかしたぜ。敵を一網打尽するはずが、『なにもおこらなかった』んやで……ボクみたいな道化師に比べれば、マシだっての!」
ピエロが踊りながら、叫ぶ。いつのまにか動き出していた敵が、ビアンカさんを追いかける。メタルダークナイトの鋭い斬撃を曲芸師のようにかわしていた。
「そうですよ。このまえ、あたしが失敗したときもラファエロさんは肯定してくれました。だから、あたし、もう一度、やろうと思って……今ではビアンカさんと組ませてもらってます。わたしが立ち直れたのは、ラファエロさんのおかげです」
エーヴァさんが朗らかな笑みを浮かべて、ソフィさんの手を握る。
「もし、自分のことが信じられなくても、お兄ちゃんさんは信じられるから。世界一、優しくて、ツラい気持ちに寄り添ってくれるお兄ちゃんだもん」
ラウラがソフィさんの肩を叩く。
ラウラ、僕を褒めてない?
「ソフィさんはひとりじゃないよ。だから、ルビィちゃんと一緒に僕たちを助けてくれないか」
青髪の少女は顎を下に振ると、勢いよく立ち上がった。
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