第35話 危機

 雑然とした、都市の出入り口。門の周辺はアレッツォに入ってくる商人たちで賑やかだった。


 広場にモンスターが現れた事件の影響はない。むしろ、冬を迎えるにあたって、交易が盛んになっていた。


 さっきまで茜色だった空が、灰色に濁っていく。今にも雨が降りそう。


「ラファエロさん、この辺りです」


 エーヴァさんが言う。


 さすがに、夕方近くに都市を出ようとする人間はいない。すぐに青髪の後ろ姿が見つかった。


「待ってください!」


 僕は叫ぶと、街へ入ろうとする商人の波に逆らって、進んでいく。


 ソフィさんがいる場所まで数メトル。彼女の父親と門番の話し声が聞こえてきた。


「おじさん。今の時間から旅に出るのは危険だ。さっきから何度も言ってるんだろ」

「大丈夫だ。こう見えても、私は氷人族の戦士。野営の経験もある」

「そうは言ってもなあー。かわいい嬢ちゃんになにかあったら、寝覚めが悪くてかなわん」

「問題ない。この子も元冒険者。学校で野営の実習もしていたはずだ。それに、娘ひとりぐらい私でも守れる」


 冒険者だって?


「お兄ちゃん、どういうこと?」


 僕に追いついてきたラウラが、首をひねる。


「ソフィさんをどうするつもりなんですか?」


 僕が背後から声をかけると、ソフィさんが振り返る。彼女は水色の瞳を見開いた。


「ラファエロちゃん⁉」


 驚きの声は弾んでいた。


「ソフィさん、どうしたの?」

「……ん。ソフィ、地元に帰って、花嫁修業をするの」

「なっ」


 思わず言葉を失った。門にいたから、もしやと思ったが、まさか花嫁修業とは。


「また、君か?」


 エドモンドさんが睨んでくる。凍てつくような鋭い視線だった。


「お嬢さんと話をしたいんです」

「家族の問題に口を挟まないでもらいたい」


 聞く耳を持ってもらえない。


「ですが、僕にはソフィさんがツラそうに思えて……彼女の力になりたいんです」

「娘のことは家長である私が決める。部外者は引っ込んでいたまえ」

「……ラファエロちゃん、もういいの」


 うつむいたソフィさんに袖を引っ張られる。


 僕の父や、エーヴァさんのお父さんが優しい人で実感がなかった。が、ここは異世界なんだ。封建的な家が多くて、父親は権力を持つ。ソフィさんのように、山村の村長一家となれば、なおさらだろう。


 勢いで声をかけたが、相手の価値観を崩すのは容易でない。


 門番が迷惑そうに、周囲の人は野次馬根性丸出しで僕たちを見ている。


 衆人の目なんて、どうでもいい。僕にとってはソフィさんの方が大事だから。


 本音をストレートにぶつけよう。

 肺の空気を吐き出し、息を吸い始めたときだ――。


「きゃぁぁっっ!」「ウソだろ」「おい、逃げろぉぉっっっ‼」


 人々の悲鳴が上がった。

 振り返る。いた。モンスターの群れが。

 まさか、外から門を突破し、侵入してきた?


「マジかよ⁉ 門を通らずに、モンスターが入ってくるなんて」


 門番の絶句で予想は裏切られた。

 いや、今は原因を考えている場合じゃない。


 思わず腰に手を添えるが。


「しまった」

「お兄ちゃん、わたしも武器を持ってない」


 僕とラウラは短剣すら持っていなかった。完全に丸腰である。


 この前の広場での騒動とちがって、夕方の門。クエスト帰りの冒険者もちらほらいる。冒険者たちはモンスターの群れに突っ込んでいく。


 が、安心してはいられない。

 敵の数が多いからだ。おそらく、100匹を超えているだろう。


 一方、兵士と冒険者は合わせても、2、30人しかいない。おまけに、一般人を守りながらの戦いだ。


「みんな、こっちから逃げろ。走るんじゃないぞ。歩けよ。俺たちが守るから安心しろ」


 門を守る兵士が避難を誘導している。訓練されているのか、手際がいい。


 安堵したが、避難が完了するには時間はかかりそうだ。


 人々を撤退させながらの混戦が始まった。そのなかに、ビキニアーマーの騎士がいた。彼女は嬉々としてウルフを屠っている。


 僕たちがいても、足手まといになるだろう。一般人の避難を援護するなどの間接支援をしたい。が、ソフィさんも放置できず。


「ソフィア、この件はいったん保留だ。私から離れるなよ」


 緊急事態を受け、ソフィさんのお父さんが申し出る。


「僕は困っている人を助ける」


 僕がラウラとエーヴァさんに呼びかけたところ。


「お兄ちゃん」「ラファエロさん!」


 ふたりは僕の斜め後ろを指さす。


 振り返る。

 5歳ぐらいの女の子が転んでいた。そこに、骸骨が剣を持って向かっていく。


「マズい」


 武器はなくとも体当たりぐらいならできる。

 だが、敵までの距離は20メトルほど。走っても数秒はかかる。一方、モンスターは数歩で刃が届く位置だ。どう考えても、間に合わない。


「あたし、防御魔法を使います」


 エーヴァさんが杖を握り、魔法の詠唱を始める。


 一発だけでも持ちこたえてくれれば、あとは僕が守る。

 駆け出したところ、耳の横から風切り音が鳴った。ピリリと冷気を感じる。


 ナイフだった。氷をまとったナイフが飛んでいて、骸骨剣士の首に当たった。


 なにごとかと敵は動きを止める。

 その間に僕は間に合い、敵の胴に体当たりを食らわす。


 自分より身長が高く、体重が軽いアンデッド。呪術的な保護により、簡単には吹っ飛んでくれない。

 がっぷり四つに組み合っていると。


「私が戦う。君は女の子の救助をしたまえ」


 ソフィさんのお父さんだった。

 僕はモンスターの肩を押し、反動で敵から離れる。


 その瞬間を見計らったかのように、氷人族の魔法剣士は氷をまとった剣を振りかぶった。斜め上からの斬撃が骸骨を粉々に砕く。


 その間に、僕は幼女を救出。抱きかかえながら、避難誘導中の兵士のところへ。兵士へ女の子を託した。


 ひと安心するが、混戦は続いている。

 人々の悲鳴や剣の音が響き、さまざまな色の血が石畳を汚していく。


 ラウラたちのところへ戻る。エドモンドさんが剣を振っていた。


 相手は漆黒の鎧だった。敵は中におらず、空の鎧が動いている。鎧の小手に刃渡り2メトルを超えるツーハンドソードがくっついている。無骨な敵は異様な圧迫感を放っていた。


 メタルダークナイト。勇者パーティー時代に戦ったことがある。


 人間の身長より長い剣を軽々扱い、剣の威力はハンパない。よほど膂力がないと剣を受けられない。かなりの強敵だった。


 それだけでなく。


「なっ、氷が効かないだと⁉」


 氷の魔法剣士は驚きの声を上げた。

 厄介なことに、氷や炎といった属性攻撃に耐性を持っているのだ。


「そいつは危険です」

「わかった。ありがとう」


 エドモンドさんは回避に専念する。年齢を感じさせない身のこなしで、敵の斬撃をかわしていく。


 けれど、逃げているだけだ。やがて、じり貧になるだろう。周りの兵士も自分の敵を倒すのが精一杯で、援護に来る余裕はなさそう。


 エドモンドさんが着ていたシャツのボタンが飛んでいく。クールな顔は上気し、額に汗が浮かんでいる。


 そろそろ限界が近そうだ。なんとかしないと。

 

 スキルがなくとも、体術には多少の心得がある。僕がメタルダークナイトの相手をしよう。時間稼ぎぐらいはできるはず。その間に、みんなに離脱してもらおう。


「僕が相手をします」


 敵とソフィ父の間に割り込む。


「ちょっ、お兄ちゃん⁉」「「ラファエロさん(ちゃん)?」」


 背後にいる女の子たちが驚く。


「君、丸腰で戦うなんて無謀すぎるぞ」

「ええ。ですが、僕も元冒険者。ちょっとぐらい大丈夫です」

「だとしても、武器がある私に任せて……」

「足がふらついてますよ」

「……くっ」


 観念したお父さんは僕に剣を渡してくる。氷を帯びた剣はズシリと重かった。


「みんなは今のうちに避難を」


 僕は剣を構えると、後ろに呼びかけた。


「ラファエロさん、あたしが援護します」

「お兄ちゃんを置いて逃げるなんて無理」


 エーヴァさんとラウラは渋るが敵は待ってくれない。


 鎧のモンスターが大剣を頭上に振りかぶる。

 僕に向かって、落とし始めた。僕が上半身を反らそうとした時だ――。


「♪酒とタバコと女は男を破滅させる~くたばれ、ビッチ!

 悪い友とつき合うより孤独の方がまし~氏ね、カースト上位!

 思うままに生きよ、そして他人の生き方に口を出すな~働いたら負け!」


 歌声が聞こえてきて、メタルダークナイトは動きを止めた。剣尖は僕の鼻すれすれのところだった。

 僕は飛び退る。


「へい、ピンチにヒーローは現れるってな」

「ビアンカさん?」


 彼女はピンクのピエロ服を着ていた。燃えるような赤髪と相まって、戦場に似つかわしくない雰囲気だ。


「ボクの歌で敵の動きを一定時間封じた。その隙にトドメといこうじゃないか」

「でも、敵に属性は効かない。物理攻撃も剣技スキルがないと厳しいかな」

「ノンノン。自信がないのイクナイよ~」

「そうだね」


 彼女の指摘ももっともだ。無理やりにでも前向きでいた方がいい。


「ボクに秘策がある」

「そうなんだ。じゃあ、頼んだ」


 大道芸人の少女は得意げに胸を張る。


「♪なにが起こるかわからなーい。なんだっていいじゃん。面白ければ。楽して敵を倒せれば、それで良し。結果が見えない努力なんて、くそ食らえだ。作業ゲー? なにそれ、そんな根気、ボクたちにあるわけねーじゃん」


 この子、なにを言ってるんだろう。


「じゃあ、そろそろ行くぜ。ボクの必殺魔法グンニプハ!」


 ビアンカさんは威勢良く人差し指を敵に向けたはいいものの。


「『偶然に頼るな、ボケが!』って、失敗したし……てへっ」


 舌を出して、苦笑いを浮かべている。


「なに、今の」「さあ、魔法だったんです?」「まさか、ネタ呪文に走るとは」


 後ろの3人が冷ややかな反応を示していた。


「グンニプハ! は何が起こるかわかんないんだよね。成功すれば、メタル系も一発で倒せるんだぜ。せっかく、メタルと遭遇し、大量の経験値が手に入るチャンスだったのに……。ボク、普段の行いが良いのに、これ? オレ、悪くねえっての!」


 ピエロさん、逆ギレし始めた。

 雰囲気が明るくなったのはいいけれど。


「みんな、今のうちに逃げよう」


 と思ったが、甘くはなかった。メタルダークナイトは再び動き出した。

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