第6章 自分にもできること

第32話 彼女の選択

 とある日の夕方。僕はラウラと一緒に商店街を歩いていた。

 広場での一件から2週間ぐらい経ち、人通りは以前に比べて回復している。


「さあさあ、ボルチーニ茸にブドウがお得だよ~。秋の味覚を楽しむなら今さ!」


 生鮮食料品店のおじさんが声を張り上げていた。おじさんは僕たちを見て。


「へい、彼氏。トマトでもどうだい。トマトで男は元気になるんだぜ。彼女を喜ばせ――」

「そういうんじゃないですから!」


 盛大に誤解されてしまった。

 僕の腕にしがみついているのだから、無理もない。前回、ソフィさんが来てから、さらにスキンシップを求めるようになったんだよね。原因が思い当たるだけに文句も言えなくて。


 ラウラの手を引いて、逃げるように去った。

 数分後。商店街を通り抜け、公園の脇を通りがかる。


「……積極的なお兄ちゃんも好きかな」

「うわっ」


 ラウラの手を握ったままだった。慌てて離す。


 頬を赤らめた妹が、甘えたいオーラを全力で放っていた。チラチラと公園に目を向けて。

 経験と直感でわかる。このまま帰ると機嫌が悪くなる、と。


「ラウラ、公園に寄っていかない」


 市民の憩いの場として整備されている公園だ。治安の不安が軽減されたこともあり、夕方の公園は賑わっていた。


 カップルや、ボールを蹴って遊ぶ少年が目立つ。が、剣の素振りをする人もいた。冒険者か、冒険者志望なのかもしれない。


 妹とふたりで芝生を歩いていたら。


「あれ? お兄ちゃん、あの子」


 ラウラが芝生の隅の方を指さす。

 そこには、青い髪の少女がいた。動物と戯れている。スキップしたり、駆け出したり、じゃれあったり。遠目でも、楽しそうなのが伝わってくる。


「ラウラ、ちょっといいかな?」

「うん、いいよ。優しいお兄ちゃん、好きだし」


 彼女のもとへ近づいていく。

 やがて、僕たちに気づいた彼女は。


「この子がルビィちゃんなの」


 恥ずかしさと、うれしさが混じったような顔で言う。


「ソフィさん。ずいぶん、かわいがってるみたいだね」

「そ。ルビィちゃんは心の友。かわいい」

「そうなんですね」


 僕はニコニコうなずきつつ、別のことも考えていた。


 先日の件、やっぱりソフィさんだったんだな。小竜の幻獣が僕を助けてくれた件だ。

 現場から逃げるように去った青髪の少女。後ろ姿はソフィさんだった。それに、先日の話から、幻獣を召喚したのは、ソフィさんだと確信していた。


 実際に幻獣と戯れる彼女を見ると、軽く驚く。

 別人のように表情が活き活きとしていたから。自然な笑みを浮かべた美少女からダウナーな雰囲気は微塵も感じられない。


「僕の感想なんだけど、今のソフィさん、がんばってるように見えるね」

「そ。ルビィちゃんとだったら、がんばれる」


 ソフィさんはガッツポーズを決める。まるで、アイドルみたいだ。


「ルビィちゃん、おすわり。おて」


 すると、幻獣はちょこんと座って、右前足を買い主の手のひらに乗せる。幻獣は希少性が高いのに、なんという無駄遣い感。


「犬みたい」「かわいい」


 僕とラウラは率直な感想を漏らすが。

 すぐに僕はクライエントの前だと思い直す。


「ずいぶんと、ルビィちゃんと仲良くしてるんだね」

「そ。ルビィちゃん、良い子だから」


 そう言って、青髪の少女はペットの頭を撫でる。子犬サイズの竜は首を振った。「ウキィィッッ」と、気持ち良さそうに鳴く。


 自己肯定感が低いと思っていた子が、あまりに堂々としているので。


「ソフィさん。召喚術士について、どう考えてる?」


 僕はストレートに訊ねていた。


「ん。冒険中もルビィちゃんと一緒にいたい。ルビィちゃんなら背中を預けられる。ともに戦っていける。甘い考えだとわかっていても、ソフィが好きなことだから」


 ようやく、ソフィさんは本音を打ち明けてくれた。


 ルビィちゃんのことを語るソフィさんは優しい顔をしていた。アクアマリンの瞳は南国の海のように澄み渡っている。


「ソフィさん、ルビィちゃんを好きな自分についてどう思う?」

「ん。『ルビィちゃんを愛する俺カッケー』でしょ」

「「……」」


 あまりの別人っぷりに僕とラウラが戸惑っていると。


「それ以外に、どんな感想を持てって」


 ソフィさんは小竜の頭を撫でながら、ドヤ顔を決める。


「そうだね。今のソフィさん、すごく良い顔してるし」

「えへへ、ラファエロちゃんがソフィのこと、かわいいって」


 あれだけ自分を卑下していたソフィさんが、なんの抵抗もなく照れ笑いを浮かべる。

 僕、かわいいとまでは言ってないけど、指摘するのも気が引けた。


 そんなことより、ほぼ結論は出た。


 ソフィさんは幻獣が好きで、冒険中も一緒にいたがっている。

 召喚士に転職することが、ソフィさんにとって良い選択肢だと思われる。


 かといって、僕が誘導するわけにはいかない。ソフィさんが自分自身の意思で転職を考えることが大切なのだから。


 仮に、僕が召喚術士になることを仕向けたとする。

 ソフィさんにとっては僕が決めたことであり、どこか他人事になってしまう。


 なんの問題もなく順調にいけばいいが、万が一、召喚術士になったことを後悔したら……。『ラファエロが召喚術士になればいいと勧めたのが悪い。ラファエロのせいだ』と、僕を恨む可能性がある。


 そういう意味で、ソフィさん自身が決定しないといけないだ。


 だから、僕はソフィさんに自分のことを考えてほしくて、問いを投げる。


「ソフィさん。召喚術士になった自分をイメージできる?」

「ん。もちろん」


 ソフィさんの声は弾んでいた。豊かな胸を反らして、彼女は言う。


「ルビィちゃんと草原や森を駆け回っているの。普段はピクニック気分で楽しく散策して。敵が現れたら、冒険者らしくファイトする。仲間のピンチをルビィちゃんが吐く炎で救って。『ルビィちゃんとソフィちゃんのおかげで助かった』って、褒めてもらう。それが召喚術士ソフィなの」


 自己肯定感が低かった少女は、心の底から楽しげに語る。


 そのとき――。

 突風が吹いて、ソフィさんのワンサイドアップに結んだ水色の髪が舞い上がり。


「そんなの。妄想だな」


 見知らぬ男性の声が僕の背後から聞こえ――。

 ソフィさんの顔が凍りついた。


「どうして、お父さまが……」

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