第29話 新たな道
広場にモンスターが現れてから3日が経った。
以来、街の雰囲気がピリピリしている。
新聞が事件を大きく取り上げた他、不要不急の外出は控えるよう領主から通達が出ていた。
仕事も休んでいる人が多く、賑わっているのは食料品店。パンやパスタを買い占める客が大半だとか。
すれ違う街の人の顔には不安の色が見え、ギルドにいる冒険者は殺気だっていた。
お昼少し前。僕はギルドの自室にて、読書をしていた。
戦術論の勉強をしていたラウラが、突然、振り返る。
「お兄ちゃん、エーヴァさんが来たよ」
「えっ?」と思う間もなく、ドアがノックされた。
「ラファエロさん、こんにちは」
エーヴァさんの声だった。彼女は料理用のワゴンを引いていた。鍋からクリームの香りが漂う。
ラウラ、匂いで気づいたんだな。というか、すっかり餌付けされたようだ。
「へーい、お邪魔するよーん」
エーヴァさんの後ろから、見知らぬ少女が入ってくる。ただ、声はどこかで聞いたことがあった。
「ラファエロさん。彼女は――」
「大賢者様であるぞい」
大賢者を名乗った少女は堂々と胸を張る。ショートカットの赤髪がパサリとなびいた。
大賢者でピンときた。
「もしかして、大道芸人さん?」
「いかにも。先日は大義じゃった。褒めてつかわそう……じゃなくって。さっきボクが胸を張ったとき、胸囲の格差社会だとか思ってたんじゃないの?」
大道芸人さんこと、ビアンカさんが僕を睨んでくる。
つい、横に並んだふたりを比べてしまった。エーヴァさんと比べると、小ぶりだ。でも、普通サイズである。
「……だよね。エーヴァさんが隣にいると、実感するよね」
ラウラがポツリと漏らすと。
「あんたも巨乳じゃん!」
大道芸人は突っ込みを入れると、妹の後ろに素早く回り込み。ワシワシ。
僕は咳払いする。僕の気持ちに気づいたエーヴァさんが、口を開く。
「ラファエロさん。あたし、ビアンカさんと一緒に街の見回りをすることにしたんですよ」
「そうなんですか?」
「街の平和に貢献したいですし」
「ええ」
「先日、ビアンカさんと連絡先を交換し、誘ってみたんです」
先日の一件を受け、冒険者に街の巡視が依頼されるようになった。エーヴァさんも応募したのだろう。人手が必要で、若手が経験を積むのにもちょうどいい。
「悶々と転職活動してもしょうがないですし」
僕は同意するようにうなずく。
「それに、最近、ぼうっとすることがあって、動いていたいんです」
「ぼうっとする。大丈夫ですか?」
「ええ、夜も寝られてますし」
エーヴァさんはにっこりと微笑んだ。薄紫の瞳はいつもと変わらない。
安心して胸をなで下ろしていると。
「だから、ふたりでパーティーを作りました」
予想外の言葉が飛び出した。
「ほう、ご自分でパーティーを?」
「ええ。先ほどギルドにも登録して、ラファエロさんに報告しようと思って」
エーヴァさん、おしとやかに見えて、行動力がある。いつの間にか、ビアンカさんと仲間になっていたことも含めて。
「エーヴァさん、顔が活き活きとしていますよ。パーティーを作って見て、どうですか?」
「まだ、実感は湧きませんが、頑張ろうって前向きな気持ちになれました」
「前向きな気持ち……」
「ええ、ラファエロさんのおかげです!」
エーヴァさんが僕の手を握ってくる。興奮が伝わってきた。
つい、銀髪少女に見とれていたら、大道芸人が僕の前に立った。彼女は人差し指をクルクル回して、僕の胸を撫でる。距離が近い子だな。
「ふーん、君、転職相談してくれるんだ」
「ええ、僕、ラファエロが相談に乗りますよ」
「ラファエロくん、ボクを賢者にしちゃいなよ~。マグナ神殿に今から行って、転職の儀式をして❤」
「……ビアンカさん、さっき、おなかペコペコって言ってましたよね⁉️」
積極的なビアンカさんに僕が軽く困惑していたら、エーヴァさんが助けてくれた。
「そうだった。そうだった。♪お肉、お肉――」
「今日はキノコのクリームパスタですよ」
「がーん」
ビアンカさんが肩を落とす。
4人で、ランチを食べる。あいかわらずの絶品だった。ビアンカさんが食卓をにぎやかし、料理の味は普段と異なるように感じられた。ひとり増えただけで、こんなに変わるんだな。
楽しい食事が終わると、エーヴァさんたちは見回りの仕事があるからと帰っていく。
急に静かになる。コーヒーを飲みながら、僕は考え事をしていた。仕事に備えて。
「し、し、失礼します」
約束の時間にドアがノックされた。
「どうぞ」
ソフィさんが入ってくる。今日の彼女は軽めの鎧を身に着け、腰には剣も提げている。
「特訓してから来たので……」
やや強めの香水が鼻孔をくすぐる。汗の匂いを隠すためなのだろう。イチゴの芳香がかえって心地よかった。
「お気になさらず」
僕は手短に挨拶を済ませると、椅子を引く。
ソフィさんが座った後、落ち着くのを見計らって声をかける。
「今日は、まずゲームをしましょうか?」
「ゲーム?」
心なしか、クライエントの声が高くなった。
予想通り、乗り気になってくれた。
やっぱり、自己肯定感が低いだけの子じゃない。僕はうれしくなった。
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