第28話 混乱
「きゃぁぁっっつ!」「モンスターだと!」「みんな、逃げろぉぉっっ!」
悲鳴が広場を埋め尽くす。四方を建物に囲まれ、木霊となる。
獣は犬の胴体に、3つの首を持つ猛獣。ケルベロスだった。ケルベロスは中堅クラスの冒険者でないと太刀打ちができない強敵だ。
剣技が使えた頃の僕ならまだしも、今の僕では倒すのが難しいだろう。そもそも、護身用の短剣しか持っていないし。
広場に武装した冒険者がいればいいのだが。仮に、いたとしても、既に動いているだろう。
じゃあ、どうするか。
せめてもの救いは、敵が1匹であること。僕でも足を食い止めるぐらいできる。
「ラウラ、剣を借りるぞ」
「うん、お兄ちゃん」
ラウラは腰に提げていたファルシオンソードを抜く。
軽めの片手剣を妹から受け取る。久しぶりに握る剣は重く感じられた。
「ラウラは街の人を守って」
「うん、わかった。避難を誘導する」
「あたしは怪我人の治療に専念します」
「エーヴァさん、お願いします」
エーヴァさんは転倒した子どものところへ走って行く。
僕がケルベロスに刃を向けると、僕を威嚇すべく唸る。
敵を牽制していたら、背後から妹の悲鳴が聞こえた。
「お兄ちゃん、みんな言うことを聞いてくれないんだけど⁉️」
都市にモンスターという異常事態を受け、人々はパニックを起こしていた。統制が取れず、我先にと逃げている。
14歳のラウラが大人を動かすのは荷が重いのだろう。
かといって、僕が離れるわけにはいかない。自由になったケルベロスが、民衆に襲いかかったら、負傷者が出る。最悪、人が亡くなる。そうでなくても、混乱に拍車をかける。
ラウラには頑張ってもらうしかないとして。
ドミノ倒しになるのだけは避けたい。数百人が避難するには、道が狭すぎる。
猛獣の動きを避けながら、どうしようかと頭を悩ませていたら――。
「♪変な踊り。そりゃ、変な踊り。あー、それ。変な上級国民」
歌が聞こえてきた。思わず振り返る。
ピエロがラウラの横にいて、変な踊りを踊っていた。人々はピエロを見て、爆笑する。
やがて、笑いがやむ。パニックを起こしていた人たちは整列し、出口に向かって歩き始める。
なにが起きたか訝しむ。が、すぐにピンと来た。大道芸人のスキルであることに。例の大道芸人は冒険者として、スキルを持っているらしい。笑いが人々を落ち着かせ、勇気を与えたのだろう。
「ありがとう。感謝する」
「任せろい。将来の大賢者様だし!」
これで気兼ねなく、戦える。スキルがなくても、勝って見せるさ。
僕は攻撃に転じた。
剣を斜め上から振り下ろす。右の首を落とそうとする。
が、剣が首筋をかすめる直前に避けられてしまった。
ケルベロスが飛びかかってくる。ブランクがあるとはいえ、数年にわたり剣の稽古をしている。遅れを取るつもりはない。
横に薙ぎ、ケルベロスの胴を叩く。だが、軽めのファルシオンソードでは皮膚の表面を切り裂いただけ。致命傷には至らない。
少しずつダメージを与えていくしかない。持久戦を覚悟した時である。
「きゅるぅぅっっっっ!」
場違いにかわいらしい鳴き声がしたと思えば。
僕とケルベロスの間に見知らぬ動物が割って入ってきた。
直径1メトルほどの胴体に背中から羽が生えている。トカゲというか、超小型のドラゴンというか。
勇者パーティーで旅をして、いろんな動物やモンスターを見てきたつもりだ。そんな僕にとっても、未知の動物だった。
可能性があるとすれば。
「まさか、幻獣?」
「ぴぎゃぁぁっっ!」
鳴き声とともに、幻の獣は口から炎を吐き散らす。
ケルベロスにとっても予想外の出来事だったのか反応できない。左の顔面に青い炎が直撃。煙が上がる。
「今だ」
隙を逃さない。
僕は右から斬りかかり、首筋の動脈を剣で引き斬る。血が噴き出る。が、まだ倒れない。しぶとい。
剣を返して、下からの逆袈裟を放とうとしたところで、僕は動きを止めた。
謎の獣がモンスターに向かっていったからだ。小竜は再び炎を噴出。ケルベロルの全身を呑み込む。
煙が消えると、丸焦げになったモンスターの死骸が転がっていた。
幻獣のおかげだ。
というか、幻獣を呼んだ召喚士が近くにいるはず。
お礼がしたくて、辺りを見渡す。冒険者らしき人はいなくて。
代わりに、青髪の少女の背中が見えた。
彼女は慌てた様子で広場から去っていく。彼女が見えなくなると、幻獣は消えてしまう。
どうして、逃げたんだろう?
首をひねっていたら。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「僕は大丈夫だから。謎の召喚術士のおかげでね」
「ああ、さっきの? すごかったね」
「ラファエロさん、街の人は問題なく、避難しました」
エーヴァさんが駆け寄ってくる。
「エーヴァさん、ありがとう」
「いえ、ピエロさんのおかげで、怪我人が少なくて済みました」
ピエロさんは現場を去らず、ケルベロスの死骸を興味深そうに見ていた。
「ピエロさんもありがとう。おかげで、助かったよ」
「あったりまえだい。ボクは将来の大賢者ビアンカ・シモネッティ。大道芸人は世を忍ぶ、仮の姿」
「は、はあ。賢者を目指してるってことは、冒険者なんだね」
「もちろーん。まあ、今はお小遣い稼ぎで大道芸人メインだけど。やろうと思えば、冒険者でも最強なんだよ。やろうと思えば」
「は、はあー。そうなんですね」
絶対にやらないタイプだよと思いつつも、口には出さない。
むしろ、愛嬌を振りまいておいた。
「それでは、また共闘しようず」
ピエロことビアンカさんは走り去って行く。
夕食はギルドの酒場で食べることに。
ラウラと一緒に食事をしながら、僕は考える。
どうして、街中にモンスターが出たんだろう?
幻獣についても謎である。召喚士は滅多にいないジョブだ。ギルドに登録した冒険者でも2、3人しかいないはず。誰が僕たちを助けてくれたのか。
現場から逃げるように去った彼女のことも気になる。
考えれば考えるほど、深みにはまりそう。
「お兄ちゃん、聞いてる?」
「ごめん」
ラウラに謝っていると、ふと隣のテーブルの声が聞こえた。
「ケルベロスの件、半魔族が街に入り込んでいて、手引きしたんじゃないかって噂があるんだ」
「マジかよ。それ、ホントだったら、シャレになんねえって」
「冒険者で街を見回ろうって話も出てるらしい。良い小遣い稼ぎになりそうだぜ」
妙に胸がざわついた。
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