第27話 異変

 数日後の午後。僕は冒険者養成学校の校門前にいた。秋の風が活気に満ちた若い空気を運んでくる。


「お兄ちゃん、お待たせ」

「ううん、みんなの訓練を見学してたし」

「えっ? そうなの?」

「ラウラ、剣さばきが上手くなったな」

「見てたの⁉ もっと頑張ればよかった」


 早く着いたので、校庭で行われていた模擬戦を観戦していたのだ。体格の良い少年を相手に、ラウラは見事に立ち回っていた。


「じゃあ、さっそく行くか」

「わーい、数日ぶりのデート」

「今日は注文した商品を取りに行くだけだよ」


 と言いつつも、妹は腕を絡めてくる。楽しそうにスキップを踏む。運動を終えた直後のフェロモンが鼻孔をくすぐる。


 少年の肉体的には困る。あまりにも幸せそうなので、なすがままにされたけど。


 20分ほど歩く。僕たちは瀟洒なレンガ造りの一軒家に到着した。家の前には、人物の彫刻が置かれていた。

 玄関をノックする。


「ごめんください」

「……入ってきな」


 ふたりで中に入る。写実的な絵が目に入ったと思えば、伝統的な宗教画が壁に掛けられている。さまざまな時代の文化が入りまじった刺激的な空間だった。


「注文の品ならできているよ」


 20代後半とおぼしき青年はキャンバスから目を離さずに、空いた手で部屋の一角を指さす。

 髪がボサボサ、シャツはヨレヨレ。せっかくのイケメンが台無しである。


「ああ、これですね」


 僕は念のため、ソレを手に取ると、彼に見せる。画家の青年はぶっきらぼうに首を縦に振った。


 代金を彼に渡すと、早々にアトリエを退出する。

 通りに出るやいなや、ラウラが眉をひそめた。


「いかにも芸術家って感じね」

「……ラウラ、先入観を持つのは良くないよ。僕の方から無理して仕事をお願いしたんだし」

「ごめんなさい」

「良い子だ。素直に謝れて」


 僕が金髪を撫でると、妹は上目遣いでねだってきた。


「広場に寄っていい?」

「うん。まだ時間も早いし、ちょっとぐらいなら」


 というわけで、広場へ。昼下がり、市民の憩いの場に、数百人が集まっていた。


「お兄ちゃん、また、ピエロがいる」


 ピエロが一輪車に乗りながら、アコーディオンを演奏していた。小柄な体型からして、前と同じ人だろう。丸みを帯びた腰つきから、女性と思われる。


「転ばないし、演奏もミスらないし。すごいね」

「そうだね」


 子どもたちが大道芸人を囲み、囃し立てている。

 小さな観客たちに手を振った大道芸人は――。


 ――ドタン!


 バランスを崩して、転倒した。尻餅をついて。


「痛ぁぁぁぁいいっっっっ!」


 ピエロは甲高い声で、オーバー気味に叫んだ。声の高さからしても、女の子説が有力になった。


「天才でも調子に乗ると、こけるようだな。『狼はペンより弱し』って奴」

「それを言うなら、『ホメロスも居眠りをする』でしょ?」


 ピエロは少年からツッコミを受けていた。

 1文字も合っていないし。なお、『ホメロスも居眠りをする』は、人もミスをするという意味のことわざだ。


 ピエロはペコリと舌を出した。

 お馬鹿キャラで好感が持てる。微笑ましい目で見ていたら。


「あれ? ラファエロさん?」


 後ろから呼びかけられた。声で誰かわかった。


「こんにちは、エーヴァさん」


 振り返ると、エーヴァさんと彼女のお父さんがいた。


「おう、少年か」

「その節はお世話になりました」

「いや、世話になったのは娘の方だ。頼むから、娘を幸せにしてやってくれ――」

「お兄ちゃん、どういうことかな?」


 ラウラがどす黒い圧を放ってきた。エーヴァさんのお父さんだと説明する。


「いつの間に、親に挨拶までしたわけ?」

「ラウラさんもよろしければ、今度ディナーに来ませんか? あたし、気合いを入れますね」

「うん、エーヴァさんの料理おいしいし、行く……って、そうじゃない! お兄ちゃんの本妻はまだ決まってないんだからね」


 なぜか妹がムキになる。お父さんの手前もあるので、僕はラウラをたしなめた。


「まあまあ、ラウラ」

「ラファエロさん、ラウラさん。ご兄弟水入らずのところに失礼しました。あたしたちはこれで……」


 会釈したエーヴァさんが後ろを向いた時だった――。


「グルゥルゥゥゥゥゥゥッッッッッッッッッッッッッッッ‼」


 獣の雄叫びが響いたのは。

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