第26話 過去を変える魔法

「きぃぃっっっっっ!」


 妹が金切り声を上げる。


「勇者、許さん! わたしが成敗してくれようぞ」


 ついには、腰から剣を抜こうとする。


「まあまあ、ラウラ。落ち着いて」

「だって、お兄ちゃんのおかげで強くなれたのに、ひどすぎる」

「ありがとう。僕のために怒ってくれて」


 金色の髪を撫でる。すると、妹の顔から皺が引いていく。


「ところで、暗い話をしたのには理由があるんだ」

「どんな?」

「僕、ソフィさんの話を聞いていて、自分とソフィさんを重ねていたのかもしれない」

「どういうこと?」

「ソフィさんが見聞きした経験を理解しようとしたら、胸が痛くなったというか」

「胸が痛くなる? それってもしや、好きになっちゃった?」

「ちがうし」


 妹の邪推をすぐに否定する。


「勇者にスキルを教えることで力を失い、自信を失っていく僕。それと、ミスによって落ち込んでいくソフィさん。どちらも、マイナスの出来事によって、自己肯定感が低くなっていったんだよね。似た経験をしたことで、彼女が自分に思えてきたわけ」


 ラウラは小首をかしげる。


「クライエントに共感することは非常に大事。でも――」

「でも?」

「『彼女は自分』と思ってしまう同感は危険なんだよ」

「どう危険なの?」


 僕は優しい口調を心がけて答える。


「『ソフィさんは昔の僕』と思うとする」

「うん」


 日本で会社員していたときは、メチャクチャ自己肯定感低かった。

 前にも似たようなことを言ったかもしれないが、大事なことなので、説明しよう。


「落ち込んでいるソフィさんと自分を重ねる。するとね、僕まで彼女のところに落ちていっちゃうんだ。ふたりして、井戸の底にいたら、誰が引き上げてくれるの」

「そういうことか」

「うん、ソフィさんが自分の力で井戸から出られるようにする。その手伝いが僕の仕事だ」


 妹はコクリとうなずいたあと、口を開く。


「それとお兄ちゃんの過去の話はどう繋がるの?」

「僕は誰かに過去を話すことで、自分の頭を整理しようとした」


 妹がつぶらな瞳で見つめてくる。


「辛い経験を言語化して、他人に伝わるように言葉を選ぶ。一連の過程を通して、経験を冷静に振り返ることができた」


 僕は今感じていることを、ゆっくりと噛みしめるように、言語化する。


「僕は過去を変えられたのかもしれない」

「過去を変える? でも、因果律を捻じ曲げるのは魔法でも無理。そう、先生が言ってたよ」


 僕は意図して微笑ましい目を妹に向ける。


「ごめん、過去を変えるって物理的な意味じゃなくて……」

「う、うん?」

「今までは、勇者パーティー時代のことを思い出すと、ツラくなっていた。自分は頑張ったのに報われない。得をしたのは陽キャな勇者。その勇者にもバカにされていたし。態度には出さないよう気をつけていたけど、やるせなかったんだよね」

「勇者、絶許!」

「まあまあ、僕の話を聞いて」

 

 取り急ぎ、妹をなだめてから。


「でも、僕は勇者パーティー時代に意味を見いだせた。僕は人に力を与えるために冒険者になったのかもしれない。勇者パーティー時代も、今も」


 勇者パーティー時代は勇者に剣技を使って。彼女に戦闘力を与えて。


 今は冒険者の働くに関するサポートをして。冒険者たちの内面を力づけて。


 物理面か、精神面の差はあれど、本質的には同じかもしれない。


 ふとエーヴァさんの顔が脳裏をちらつく。


「結局、勇者パーティー時代があったから、他人の気持ちを思いやれるようになった気がする。だから、エーヴァさんを助けられたのかもしれない」


 悩みから解放された、最近の彼女を見ていると、僕までうれしくなってくる。


 妹には言えないけれど、日本で氷河期を生きてきた経験も変えられたのかもしれない。


 転生して充実した今があるのも、辛い経験の上に成り立っているわけで。


「今の僕から見ると、勇者パーティーのことは悲しい話じゃないんだよね。そういう意味で、僕は過去を変えることが出来たんだ」

「ふーん、難しいけど、納得」

「奇跡は、案外目に見えないかもしれないね」


 過去を語った意味は、これだけではない。


「それに、僕はもともと自己肯定感が低い人間だったんだ」


 妹は意外そうに目を見開く。


「特に、他人から否定されると、精神的に来ちゃって。で、辛い経験が重なると、落ち込んで、自分じゃどうにもならなくなって」

「……」

「勇者パーティー時代のことを話したら、スキルを失って、自己肯定感が下がっていく自分と向き合えた」


 僕は指で妹の涙を拭う。精いっぱいの笑みを浮かべて、想いを露わにする。


「僕だからできる支援を、ソフィさんにしようと思うんだ」

「お兄ちゃん。いっぱいツラい想いしたのに、まっさきに他人のことなんだね」

「ごめん」

「ううん、そんなお兄ちゃんだから、好きなんだからね」


 妹は真正面から僕の膝に座ると、ギュッとしてくる。僕の後ろに手を回すと、後頭部を撫でてくる。

 妹の指は温かくて、くすぐったくて、気持ち良くて。


「ありがとう、ラウラ。ラウラが僕を肯定してくれて、僕は過去の傷が癒やされた」


 僕は妹の背中をさすりながら言う。


「だから、僕はソフィさんを褒めまくろうと思うんだ。ラウラが僕を励ましてくれたように」

「……この状況で、他の女の名前出す?」


 妹は苦笑しながらも、うれしそう。


「お兄ちゃんらしいなって……それより、続きを聞かせて」


 僕はソフィさんに対する方針を言う。


「褒めるとはいっても、わざとらしくならないようにだけど」

「どういうこと?」


 妹は心底不愉快そうに眉根を寄せる。


「そういうこと。褒めるっていうと、とにかく褒めればいいと考える人もいるんだよね」

「?」

「たとえば、ラウラが学校のテストで100点を取ったとする」

「うん」

「そのときに、『すごーい、すごーい。ラウラちゃん才能があるね』って、同級生の男子に褒められたとする。そしたら、ラウラはどう思う?」


 妹は心底嫌そうに眉根を寄せる。


「私のなにを知ってるっての。才能ないし、必死に勉強したんだから」


 僕は妹の怒りが収まるのを待ってから言う。


「ソフィさんに対しても、同じことが言えるんだよね。『ソフィさん、すごーい』って僕が褒めても、『ソフィの何を見てるの?』と、反発される可能性がある」

「うなだれる光景が見える」

「だから、僕はソフィさんをきちんと見て、彼女を承認したいんだ。今の彼女では、自己肯定感が低すぎて、自分に合う職業ジョブを見つけられないからね」


 自分はダメだと思い込んでいると、客観的に、正しく、考えることは難しい。結果として、本来の自分に合う仕事がわからなくなる。


 ソフィさんにとって、彼女自身を理解することは必要だ。魔法剣士の適性があるにせよ、ないにせよ。


「あと、ソフィさんで気になるのは、魔法剣士のことしか知らないことかな」

「家の掟で、魔法剣士にならないといけないんだっけ?」

「そう。だから、魔法剣士以外のジョブを調べていないのかも。彼女に他のジョブにも興味を持ってもらって、僕が教えることも必要かな」

「さすが、お兄ちゃん。ためになる」


 ラウラに説明することで、僕の頭も整理することができた。


「お兄ちゃん、働いたら疲れた。デートして」

「仕方ないなー。ラウラは今日だけだぞ」


 結局、僕は妹に甘い。

 ギルドを出て、妹とのデートを満喫する。そのとき、ある物を注文した。

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