第25話 勇者パーティーを追放された経緯について(後)

 勇者と大神官、大魔術士、剣士の僕。勇者パーティーは、オーソドックスな構成だった。僕は安心していた。仲間に王道系の強さを期待できると思って。


 ところが、現実はちがった。


 大神官と大魔術士は何の申し分もなかった。初めて見る上級魔法に剣士の僕は興奮したぐらいだ。


 の弱さに拍子抜けしたのだ。


 勇者クリスティーナ。明るく元気で、無邪気で、他人の心を掴むのが上手い、栗色の髪が似合う女の子。


 勇者は誰からも好かれていた。初対面の人は勇者の肩書きに畏怖を感じることは何度もあった。しかし、彼女は屈託のない笑みで、人々の態度を柔らかくしていく。まるで、笑顔が魔法だった。


 魅力は、勇者にとって大切な能力である。人々を勇気づけることが求められるから。


 ただ、勇者は弱かった。

 初めて、クリスティーナと剣の手合わせをしたとき、10秒もかからず倒したぐらいだ。


 また、彼女には勇者にあるべきものがなかった。

 魔法である。勇者だけが使える特別な魔法。自分の命を犠牲にする代わりに敵を殲滅させたり。聖なる守護天使の加護によって、死者を蘇らせたり。


 もちろん、勇者とはいえ旅を始めたばかり。レベルも低い。

 だとしても、先代勇者は初期段階から捨て身の習得していたようである。なぜ、クリスティーナは知らないのかと僕は思っていた。


 それに、攻撃魔法も回復魔法も初歩的なものが使えるだけ。

 剣技すら使えない。


 物理系としても、魔法系としても、役立たず。

 美少女でコミュ力が高いだけの単なる陽キャだった。

 戦場ではなく、学校でスクールカーストごっこしてた方がいいんじゃ。

 なぜ、女神がクリスティーナを勇者にしたのか、理解に苦しんだ。


 1週間も経たないうちに、僕は勇者に疑問を感じ始める。

 それでも、仕事だ。14年以上にわたって、待っていた。


 僕は剣士としての使命にこだわった。

 味方の盾になってモンスターを引きつけたり、剣技を発動させ敵を倒したり。町周辺では戦えなかった強い敵とも戦えて、楽しかった。やりがいを感じられた。


 加入して2週間ほどがすぎた日の夜。とある森で野営をしていた時のこと。

 テントから離れた森の中に、僕は呼び出された。満月が勇者の不機嫌な顔を照らし出す。


「ラフェエロ君。あたしに冷たいよねー。あたし、君のことをこんなに想っているのに」

「そ、そうなんだ?」


 顔を近づけられる。首筋に吐息が当たり、くすぐったい。


「あたし、ラファエロ君と気持ちいいことしたいんだよ❤」

「気持ちいいこと?」


 勇者の指が僕の胸元を撫でる。変な声が漏れそうなのを我慢した。

 性格は苦手だけど、顔は綺麗。自分にない華やかさに、惹かれもする。


 ドキリと胸が高鳴った。

 もしや、ここで……。淡い期待を抱いていたら。


「♪うん。大神官が神託を受けたの~」

「神託?」


 あれ、なんか想像とちがう? 安堵と残念が半ばする気持ちを抱いてしまう。


「『未完成勇者は、勇者を導く者と交わるがいい』って」


 いきなり刺激的な言葉が飛び出してきた。騙されるな、僕。


「勇者を導く者って?」

「ラファエロ君、君のこと❤」

「ぶはっ」


 勇者様が上目遣いで見つめてくる。

 これは、いよいよ大人になるのか。2度目の人生にして、初めての一大イベントだ。


 しかも、神託である。神託っていうと、きっと、あの女神様が絡んでますよね。女神様公認なら、問題ないはず。覚悟を決めかけたところで。


「あれ、間違えたみたい。『剣を交えるがいい』って、大神官は言ったんだった(てへっ)」

「……ですよね」


 勘違いして、軽く消えたくなる。


「じゃあ、さっそく夜の共同作業を始めよ~❤」


 勇者は甘い声とともに、腰に提げた剣を抜く。剣のグリップにはサファイアが埋め込まれ、蒼い宝石は神聖なオーラを放っていた。


 勇者は剣身を僕に向けてくる。


「付き合うしかないのかな」

「ふたりで、いっぱい気持ち良いことしよっ」

「……じゃあ、寸止めで」

「ラファエロ君って、真面目な顔で焦らしプレイが好きなんだね。むっつり君には教育しないとね」


 勇者は会話の流れとは裏腹に、剣を振りかぶる。

 とりあえず、応じなければ。

 僕が頭上に剣を掲げようとしたときだ――。 


『Hey、レイン・ソードをやっちゃいなよ!』


 女性の声が聞こえてきた。勇者ではない。脳内に直接呼びかけてくる感じだった。おそらくは、女神だろう。口調も軽いし。


 とっさに僕は後ろに飛んで、攻撃をかわす。

 迷惑だが、このタイミングを選んだのには理由があるかもしれない。女神と話すことにした。


「でも、あれは衝撃波が出る。勇者に怪我をさせたら、さすがに怒られる」

『大丈夫。勇者には加護を与えてるし。それに、君を勇者パーティーに入れた意味がなくなる』

「どういうこと?」

『君は勇者を剣技で攻撃する。それが、君の本当の仕事なんだよね』

「僕の本当の仕事?」


 そこまで言われたら、引き受けるしかない。ダメ人間な僕を勇者パーティーにいれてくれたんだ。女神様には感謝しないと。ちゃらんぽらんなのが玉に瑕だけど。


「女の子をほったらかして、ひとりごと? 放置プレイまで好きなんて、

とんだ変態ね」


 しびれを切らしたクリスティーナが突っ込んでくる。


「ごめん。怪我させたら」


 ひと言謝ってから。


「レイン・ソード!」


 僕は雨のような剣を勇者に向かって放つ。最初の数回は勇者の鎧を直撃。固い鎧に剣が弾かれる。


 そのうちに剣速が増し、衝撃波が生まれる。

 ごめん。なんとか、耐えて。心の中で謝っていたが――。


 勇者は1メトルも動いていなかった。


「ラファエロ君のアレ、とっても気持ち良かった。初めてを君にあげて正解だったかも」


 勇者は恍惚とした顔で。


「なら、今度はこっちから動くね」

「ん?」


 勇者の態度が引っかかる。首をひねる僕に向かって。


「レイン・ソード!」


 勇者は僕を真似したように叫ぶと、右斜め上からの斬撃を放つ。


 すんでのところで回避する。が、ビュッという風切り音には驚いた。今までの彼女は剣を振っても音が鳴らなかったからだ。


 そして、返す刀で勇者が2刀目を放ったとき、僕は足を止めてしまう。

 無理もない。剣技を使えないはずの勇者が、剣に風をまとわせていたのだから。


「どうし……」


 言い終わる間もなく、僕は吹き飛ばされていた。大木が背中に当たり、そこで止まる。ショックのあまり、地面にへたり込んだ。

 周囲の大木は見るも無惨に倒れていた。まるで、大型の台風が過ぎ去った後である。こんなの僕のレイン・ソードではできない。


「へー、これがスキルなんだ。爽快、爽快」


 勇者が僕のところに来て、手を差し伸べてくる。満月と美少女の顔が重なる。栗色の髪の勇者は、賢者のように悟りきった感じだった。


 僕は逡巡しながらも、彼女の手を握る。勇者の手は冷たかった。


「まさか、君は僕のスキルを?」

「そう。コピーさせてもらったの」


 あっけらかんと言い放つ。どうやら、託宣とやらで知らされていたみたいだ。


「しかも、劣化コピーどころか、進化コピー。いきなり君を超えたからね。きゃー、あたしったら天才!」


 あまりにしれっと言うものだから、腹が立つ。僕がどれだけ苦労して身に着けたと思っているんだ。

 

「レイン・ソード!」


 木を敵に見立てて、僕は勇者に自分の剣技を見せつけようとする。

 が、何度袈裟斬りを繰り返しても、剣から衝撃波が生じることはなかった。


「どうして?」


 諦めた僕が剣を見つめていたら。


「それは、コピーではなく、君のスキルを勇者様に移したからだ」


 どこからともなく大神官が現れ、心の底から楽しそうに笑みをこぼす。


「でかしたぞ、ラファエロ君。君は勇者様に剣技を与える、偉大な仕事をしているんだ。誇りに思うがいい」


 そういうことかよ。僕のスキルは状況から察すると、こんな感じか。

 僕が剣技スキルで勇者を攻撃することで、勇者は僕のスキルを会得する。オリジナル以上の威力を持ったうえで。一方、僕は今まで使えていたスキルが使えなくなる。


「ラファエロ君。また、満月デートしよ。満月の夜だけみたいだし」

「……」

「ただじゃ、かわいそうだし……いいよ、ご褒美あげる。少しなら、お触りも許して、あ・げ・る❤」

「……くっ」


 色仕掛けを使えばいいってもんじゃない。不満だが、文句は言えなかった。勇者の成長が必要だと、頭ではわかっていたから。


 こうして、満月の夜。僕は勇者と特訓することになった。


 月が最大になるたびに僕のスキルは減り、勇者はスキルを覚えていく。

 また、僕が教えたスキルだけでなく、勇者は勇者特有のスキルも同時に身につけた。ピンチに攻撃力アップとか。


 ふざけてる。これじゃ僕が貧乏クジを引いただけじゃないか。

 スキルを失うたびに、僕は激しい無力感に襲われる。自己肯定感も下がっていく。


 それでも、僕の役目だ。報酬ももらっている。卑屈な気分を抱えたまま、僕は勇者パーティーに残った。


 例のドラゴンと初めて戦ったときは、僕がパーティーで最強だった。が、次の満月のときには、僕は勇者に負けるようになっていた。


 今年の春。ドラゴン率いる魔族を追い詰めていた頃。

 決戦前夜。満月だった。テントから少し離れた、だだっ広い荒野にて。


「ねえ、足手まとい君。あたしを女にしなさいな~」


 勇者の顔は笑っていない。

 僕は真顔で答えた。


「……わかりました」

「なに、キモい顔しやがって。偉大なる勇者様が、能なしに許すわけないじゃない。なに勘違いしてんの。プークスクス」


 以前とは異なり、勇者は露骨で僕を見下すようになっていた。僕以外には出さない裏の顔である。


 僕は侮蔑にも耐え、最後の奉仕を行った。


 翌日。ついに魔族とドラゴンが現れる。

 僕は剣技系スキルを失った剣士。どれだけレベルアップしていても、通常攻撃しか使えない。剣士としては二流である。雑魚ならいざ知らず、ドラゴン相手の戦闘では役に立たない。


 一方、僕のスキルを引き継いだ勇者は、勇者としてあるべき戦いで敵を圧倒する。

 ろくに味方の支援も必要とせず、彼女だけの力で魔族とドラゴンを葬り去った。


 戦闘後、自分の役割を終えた僕は、誰からも見送られずにパーティーを追放されたのだった。

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