第5章 内面
第23話 自己肯定感
ソフィさんが帰った直後。
「なんか、すごい子だったね」
妹がクライエントについての感想を漏らす。
妹は実習で僕の助手をしているので、たまには教育しないと。質問で返す。
「どういうところが?」
「自己肯定感が低すぎる」
「自己肯定感が低い人に、どう接したらいいと思う?」
「うーん、触っちゃいけない気がする。そうっと放っておくかな」
「放っておくか……ソフィさんに対しても?」
「やっぱ、違うかも。あの子、自信がなさすぎて、ダメになってる気がする」
そこに気づいてくれたか。
「うん。僕もそう思ってる。自信がないままやって、ミスをする。ミスをする自分を責める。さらに自信をなくす。その繰り返し。負のループに陥っているかもしれない」
ラウラは顎に手を添えて、難しい顔をする。
「お兄ちゃん、答えは、ソフィさんの自己肯定感を高めるかな?」
「うん、方向性は合っているよ。で、具体的にはどうする?」
少し意地悪いと思いながらも、あえて考えさせる。僕から一方的に教えるよりは、自分で気づいた方が身につきやすいから。
妹が悩むこと、1分近く。妹の顔がすっきりする。
自分なりの結論が出たんだな。よくやった。そう褒めようとしたところ。
妹は上目遣いで僕を見て。
「お兄ちゃん、教えてくだしゃい❤」
年の離れた妹の破壊力がハンパない。
「褒めるといいんだよ。とにかく、どんな小さなことでもいいから、その人の良いところを見つけて、肯定するんだ。最初は反応悪くても、繰り返していけば通じるから」
あっさりと屈して、僕は正解を教えた。
理論的には、こんな方法がある。
成功体験を積むこと。他者に褒められること。他者の成功を観察すること。
もっとも理想的なのは、成功体験を積むことだと言われている。
しかし、それなりの時間が必要なわけで。ソフィさんに対しては、応急処置的に僕たちが褒めるのがベスト。そう思っている。
そのあたりの理論を妹に説明した。
「小さいことでもいいから、褒めるか。難しい。あの子の良いところ……胸ぐらい? わたしと同じ年で、あの大きさ。うらやましい」
とにかく褒めなきゃという気持ちはいいけれど。
「あのね、ラウラ。さっきも言ったけど、胸のことを言うのは良くないかな」
「うぐっ」
あまり厳しくしても、よくない。
考えたご褒美に、妹の金髪を撫でる。すると、気持ち良さそうに瞳をとろけさせた。
「じゃあ、話を戻そうか」
僕はソフィさんに抱いた見立てを述べる。
「ソフィさんは自己肯定感が低くて、自分のことを考える余裕をなくしているかも。冒険者を続けるにしても、引退するにしても、今のままでは正常な判断は難しいだろうね」
ラウラは真剣に僕の口を見つめる。
「冒険者を続ける場合、これからどうするのがいいか、彼女自身で考えないといけない。なのに、今のソフィさんは後ろ向きだ。繰り返すけど、考える力が落ちていると思われる。極端な話、『自分はダメな子』で終わらせてしまうかもしれない。ダメな子だから、修行しても意味がない。そうなる恐れがある」
とにかく、自己肯定感の低さが問題のように見受けられる。
「一方、冒険者を引退する場合だけど。ソフィさん自身が認識しているとおり、他の仕事を探すのは難しい。仮に、仕事が見つかったとしても……また失敗したら、彼女は簡単に仕事を辞める可能性もある」
嫌なことから逃げる癖がついてしまうと厄介だ。一度はまると、転職を繰り返す苦しみのループに陥りやすい。そこから抜け出すのは難しい。
「逃げ癖も自己肯定感が低いからなの?」
「そうだね。失敗して自己肯定感が下がって、嫌なことから逃げ出す。逃げた自分が情けなくて、自分を否定してしまう。自己肯定感の低さが、問題の根本にあると思う」
「うーん、難しい問題ね」
実に難しい問題だ。
というか、さっきから自分のメンタルがしんどかったりする。自己肯定感が低いという言葉を繰り返して言ううちに、過去を思い出したから。
僕自身も自己肯定感が低かった。そんな僕がソフィさんの支援ができるだろうか。
他人のことを言っている場合じゃない。僕も自己肯定感が低い自分と戦わないと。
「お兄ちゃん、どうしたの? 顔色が悪いよ」
「ごめん、ラウラ。唐突だけど、聞いてほしいことがある」
「もちろん。わたしはお兄ちゃんの味方だよ」
僕は勇者パーティー時代の出来事を語り始めた。
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