第22話 ダウナー系魔法剣士の悩みごと(後)

 ソフィさんの話が、ひととおり終わる。


「ご実家はどちらなんですか」


 さりげない話題を装いながら、僕は彼女の問題を探っていく。


「北方の氷人族の里。ソフィ、氷人族だから」


 氷人族。いわゆる、亜人だ。

 肌の色がヒューマよりも白いぐらいで、見た目は人間族ヒューマと変わらない。外見で見分けるのは不可能だ。僕も気づかなかったし。


 氷人族の特徴は、寒さに異常に強いこと。夏服で冬山へ登山する人もいるとか。トスケーネ王国で、雪女といえば、氷人族をイメージする。


 また、氷人族は氷系の魔法に秀でている。得意の氷魔術を活かして、黒魔術士や魔法剣士になるケースが多い。


 魔法剣士は、剣に炎や氷をまとって戦う。剣が属性を帯びることで、炎や氷に弱いモンスターに絶大な威力を発揮するのだ。


「ん。おじいさまが村長なの。残念なことに……」

「残念?」

「そ。先祖代々村長をしているの」

「村長の家系なんですね」

「幸い、優秀な兄がいるから、ソフィは継がなくていいけど」


 氷人族の魔法剣士は大きなため息を吐く。テーブルに乗った双丘が揺れる。


「村長の一族は長子でなくても、魔法剣士にならないといけないの」

「いけない?」

「そ。一族の掟だから」

「……それで、ソフィさんも魔法剣士になったのですね」


 クライエントは嫌そうな顔でうなずいた。


「家の掟だから、立派な魔法剣士にならないと家に帰れない。お父さまに言われたの。『おまえは強くあらねばならない。魔族だろうが、倒すのが我々の一族だ』って」


 ソフィさんは声を低くする。どうやら父親の口調を真似たらしい。

 クライエントの態度が気になった。


「ソフィ、才能ないのに、魔法剣士をするしかない」


『するしかない』か。家の掟にソフィさんは縛られている。


 僕はソフィさんの話に耳を傾けながら、ある疑いを抱いていた。


 家の掟はどこまで本当のことなのだろうか。ソフィさんが思い込んでいるだけで、実際にはそこまで強く言われてないかもしれない。


 思い込み。メンタルを病むことにも繋がる。実際に、ソフィさんは極めて自己肯定感が低いわけで。もしかすると、思い込みが原因の可能性もある。


 仮説が正しいなら、『するしかない』は思い込みだと気づいてもらう必要がある。そのうえで、正しい情報をもとにソフィさんの価値観を変えていく。そんな支援が考えられる。


 ただ、現時点の情報では、判断できない。家の掟の件は、いったん保留にしよう。


 ここで、情報を整理してみる。


「ソフィさん。あなたは家の掟で、立派な魔法剣士になることを求められている。そして、魔法剣士になり、1年間、魔法剣士を続けてこられた。なのに、レベルは3で、パーティーも何度か辞められている。そんな状況で魔法剣士をすることに苦しまれているんですね」


 僕の発言中に、ソフィさんは何度か首を縦に振った。基本的に無表情だけれど、アクアマリンの瞳は真剣だ。


「そ。今は他のパーティーの手伝いをしてる。けど、ソフィと冒険したい人なんていなくて……人生、詰んだ」


 人生、詰んだか。『わかるよ、わかるよ。僕も前はそうだったから』と言いたくなる。


 しかし、そう言ったら、ふたりで沈み込んでしまうわけで。

 僕はソフィさんを支援する立場だ。共感しすぎないよう、気を引き締める。


 じっくりとクライエントの表情やポーズを観察した。

 すがるような目で僕を見ている。


 彼女が諦めているようには感じられなくて。


「ソフィさん。あなたは僕のところに来られた。勇気を出されたのですね」


 自己肯定感が低い彼女が、ストーカーと間違われてまで行動を起こした。僕は、彼女の努力を肯定する。


「だって、家に閉じこもっていても、おなかは減るし。お金もない。軽く氏にたくなってくる」

「え、ええ」

「でも、ギルドの酒場に行けば、古い食べ物はもらえる。奇特な人がソフィを雇ってくれるかもしれない。だから、とりあえずギルドに来てたんだけど」

「だけど?」

「銀髪の子がいるでしょ。あなたの奥さん」

「奥さん?」


 銀髪の知り合いはエーヴァさんしかいないのだが……。僕にはもったいなさすぎる奥さんだ。


 などと思っていたら、また妹から圧が放たれた。


「あの子を初めて見たとき、ソフィと同類で、悩んでそうだった」


 ソフィさんは顔を上げると、僕をじろじろと見つめる。


「でも、最近になって変わった。今日も調理場に行ったと思ったら、料理を持って上に行く。すっごく楽しそうな顔をして」


 ソフィさんの頬が緩む。


「2階に救いの女神がいるのかな。気になりすぎて、あとをつけてしまったの。ごめんなさい。氏んできます」


 ソフィさんは立ち上がると、またしても腰の短剣を抜こうとする。


「大丈夫ですから!」


 慌てて止めた。

 彼女はシュンとして椅子に座った。


「というか、僕の方こそ女神様でなくて、すいません」


 僕は空気を和ませようと、笑いながら応じる。

 というか、女神様に会っても幻滅するよ。


「ストーカーまがいのことをして、正解だったかも」

「どうして?」

「だって、話を聞いてもらえたから」


 ソフィさんのすっきりした顔が、感情を揺さぶってくる。


「僕の仕事は冒険者さんのお手伝いをすること。辛くなったら、愚痴に来てもいいですし。一緒にソフィさんがどうしたいか考えていきましょう」

「ん。わかった」


 青髪のクライエントは楽しそうにうなずく。


「ソフィがどうしたいか……うーん、楽になりたいかな」

「楽になりたい?」

「そ。実家が許してくれるなら、冒険者を辞めるかな」

「冒険者を辞めて、どうしたいの?」

「遊んで暮らしたいけど、飢え死にする。けど、女を雇ってくれるところなんて、お店かギルドの事務員ぐらいしか思いつかない」


 ソフィさんは頭を抱える。彼女の懸念ももっともだ。中世ヨーロッパよりは文明が発達している世界とはいえ、女性が活躍できる社会には至っていない。接客業やメイドを除けば、女性というだけで落とされるだろう。


 一方、冒険者は戦闘能力さえあれば、性別は関係ない。働く若い女性にとって、冒険者は現実的な選択肢でもあるのだ。


「ムリ。接客だけはムリ。クレーマーが怖すぎる。特に、70すぎの年寄り。ソフィ秒殺される」


 ソフィさんは首をブルブル横に振る。心の底から怯えているのがよくわかる。


「メイドさんもムリ。ソフィ、どんくさくて、お皿をよく割るし。料理もできない。塩と砂糖を間違えて、甘いペペロンチーノができるから」


 甘いペペロンチーノ。むしろ、興味がある。食べたくないけど。


「やっぱ、冒険者をするしかないのかなー」


 ソフィさん。自分に向いている仕事がわかっていないようだ。


「じゃあ、まずは、ソフィさんに合う仕事を一緒に考えてみましょうか」


 そう思って、僕は提案する。


「うん、お願い」

「次回までに、あるものを準備しておきますね」


 ソフィさんはうなずく。

 部屋を出て行くときの彼女は、別人のように晴れやかな顔をしていた。

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