第21話 ダウナー系魔法剣士の悩みごと(前)

「ストーカー?」

「やっぱ、犯罪ですよね。氏んできます」


 謎の来客が腰に提げた短剣を抜こうとしたので。


「大丈夫ですから!」


 僕は慌てて止めに入る。彼女の腕を上から押さえるようにし、動きを封じた。


 かなりダウナーな子だ。きちんと話を聞こう。


「じゃあ、あたしはこれで……。また、来ますね」


 エーヴァさんは帰り支度を始めた。気を利かせてくれて、助かる。


「エーヴァさん、いつでも遊びに来ていいですよ。あと、差し入れは無理しないでね」

「いえ、あたしが作りたくて持ってきてるだけですから」


 エーヴァさんが執務室を出て行く。


「とりあえず、座ってください」


 僕が椅子を引くと。


「ソ、ソフィ菌で椅子が汚れてもいいですか」


 謎の少女は予想外の発言をする。

 ソフィ菌って……? 小学生のいじめなの? あれ、僕もされていたんだよね。数十年前を思い出し、軽く嫌な気分になる。


 ところで、ソフィって彼女の名前なんだろうか。


「大丈夫ですよ。あなたは清潔ですし」


 思ったことを僕は伝えたのだが。


「お椅子様に感謝して座ります」

「……遠慮しなくていいですからね」


 難しい子かもしれない。

 僕はできるだけ優しい笑顔を作って、言う。


「僕はラファエロ・モンターレといいます。職業支援士というジョブで、冒険者さんをサポートしているんですよ」


 初めてエーヴァさんと会ったときのように、僕は自分の役割を少女に説明した。


「ソフィは、ソフィア・ズッコーニ。ずっこけたファミリーネームだし、生まれてきてすいませんでした」

「……ソフィさんですね。今日はお会いできて、僕はうれしいです」


 ソフィさん、ものすごく自己肯定感が低い子だと思われる。

 こういう子は意識して承認していかないと。なので、『僕はうれしい』と言ったのだが。


「うん、大きいもんね。お兄ちゃんがうれしいのも察し」


 ラウラがソフィさんに差し出す。妹の視線は、テーブルの上にドカンと置かれた双丘に。


「ソフィさん、いくつなの?」

「……14年もミジンコ並みの人生をすごしてきました。早く人間になりたい」


 ラウラが訊ねると、ものすごい答えが返ってきた。

 

 どう言うべきか迷ったすえに。


「ソフィさん。あなたは寂しい思いをされてこられたのですね」


 僕は真正面から彼女に向き合うことにした。


「ん。ソフィ、ダメな子だから」

「よろしければ、僕にお気持ちを話してみませんか」


 目を見開いたソフィさんは息を呑み込む。


「いいの? ソフィなんかのつまらない話を」

「つまらないかどうか、僕が決めることですよ。それに仕事ですから」


 僕は苦笑する。

 なにを言われても微笑で返そう。ここまでになると根比べだな。


「あらためて、あやまる」

「なにをですか?」

「ストーカーみたいなことをしたこと」

「誤解でしたので、お気になさらず」

「すごい。許してくれるんだ。ダメ、ソフィを」

「許すもなにも、最初から怒ってないですし」


 敵意を明確にしてたのなら別として、ソフィさんの言動から怪しさはなかった。挙動不審だったが、彼女の性格によるものだろう。ならば、責める理由はない。


「受付に相談したかった……。けど、彼女リア充じゃん。話すの、無理ゲーすぎ」

「そうなんですね」


 たしかに、受付さんは華やかで、冒険者たちから人気はある。でも、コミュ力お化けの彼女でも、ソフィさんみたいに苦手だと感じる人はいるわけで。つくづく、人と人には相性があると思わされた。


「だから、銀髪の子をストーカーした」

「事情はわかりました。あとで、僕から受付には説明しておきますので」

「ん。お礼は……身体ね。けど、ソフィなんかじゃ満足させられるか――」

「「ぶはっ」」


 僕とラウラが揃って噴き出す。どう答えようか逡巡していたら。


「ソフィさん。お兄ちゃんは妹が一番だから」

「ん。わかった。妹は世界の至宝。ソフィごときが敵う相手じゃない」


 どう反応すればいいんだろう?

 ソフィさんが自己卑下したし、笑顔、笑顔。


 場の空気を変えてから、僕は本題を進めることにした。


「で、僕にご相談したいことは?」

「ソフィ魔法剣士なの。だけど、ダメダメすぎて、パーティーを首になってばかり」


 勇者パーティーを追放された僕としては共感する。僕は意図的に眉根を寄せた。


「パーティーを首になってばかり。詳しく教えてもらえますか?」

「ん。家の掟に従って魔法剣士になった。けど、ソフィはトロいし」


 家の掟。そこが引っかかる。しかし、まずはソフィさんの感情を受け止めよう。


「ソフィさん、動きが遅いことを気にされてるんですか?」

「そ。ゆっくりと動く方がソフィのペースに合ってるし。でも、モンスターはソフィを待ってくれないし。モンスターが先に突撃してくる。避けようと、左右にステップする。すると、胸が揺れて動きにくい」


 テーブルの上にドカンと乗った山をつい見てしまう。僕にはわからない世界だ。

 横から突き刺すような視線を感じた。妹が怖いんですけど。


「それに、剣もうまく使えない。鞘から抜けなくて、手を切りまくりだし」


 ソフィさんは手のひらを前に出す。傷と血豆だらけだった。


「剣士系の職業ジョブで、1年経っても、レベルは3。ホントにソフィはダメすぎる」

「剣士系にこだわる理由はなんですか?」

「ん。親の指示。選択肢はない」

「選択肢がない……」


 自分の意見よりも親の指示が優先されるわけか。

 その辺りが彼女の抱える問題なのかもしれない。そう仮説を立てる。


 ソフィさんが積極的に話し始めた。


「ホントは3日で仕事を辞めたかったんだよね。引きこもって、小説を読んで暮らせたら最高すぎる。でも、都会でヒキニートは無理だし」


 ソフィさんの考えに親近感を覚える。日本時代の僕まんまじゃん。


 ひたすら、僕は菩薩の笑みアルカイックスマイルで、ソフィさんに寄り添う。


 部屋に入ってきたときより、顔色が良くなった。愚痴を吐き出して、多少はすっきりしたらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る