第2部 陰キャすぎる魔法剣士の特技

第4章 彼女は美少女なくせに自己肯定感が低すぎる

第19話 トライアングル

「暇だー」


 ラウラがテーブルに突っ伏す。整った双丘が押しつぶされ、形を変える。


 ここ数日、秋が深まり始め、長かった夏もようやく終わろうとしている。妹の服も変わり、助かったというか。それでも、妹(意味深)の破壊力は半端ない。


 僕は妹から目をそらし。


「ごめんね」


 実習の日に退屈させていることと、妹で反応しかけたことに対して謝罪をする。


「ううん、いいの、いいの。エーヴァさんの件で、クマさんも買えたし」


 ラウラは部屋の隅に置かれたクマのぬいぐるみを指さす。落ち着いた雰囲気の執務室において、クマさんの周りだけがファンシーだった。


 竜騎士さんの転職はいいとして、エーヴァさんの件でお金をもらうのは気が引ける。


 もちろん、僕がエーヴァさんを支援し、彼女は自らの意思でパーティーを抜けた。僕の仕事について満足して、ギルドへも報告してくれている。


 極端な話、僕が失敗だと思っていても、クライエントが満足していれば成功なのである。


 頭では理解していても。

 僕の対応が最適だったかどうかで悩み続けている。


「本当に人って難しいよなー」


 割り切れなくて、声に出てしまう。ラウラが怪訝な顔をする。僕は苦笑いで応じた。


 ――コンコン。


 ドアがノックされる。もしかして、新しいクライエント? 期待していたら。


「ラファエロさん。お邪魔します」


 ドアを開けたのは、銀髪の少女だった。


「エーヴァさん。こんにちは」

「ラファエロさん、会いたかったです」


 エーヴァさんは薄紫アメジストの瞳を輝かせていた。


「お料理持ってきました。酒場のキッチンを借りて、作ったんです」


 エーヴァさんはパスタが山盛りになった皿をテーブルに乗せる。新鮮なオリーブオイルが濃厚な香りを発していた。


「差し入れです。アンチョビとタマネギ、キノコがたっぷりですよ」

「アンチョビ? やったー!」


 ラウラがはしゃぐ。無理もない。アレッツォは内陸にあり、鰯を手に入れるのは難しいからだ。港町で加工し、保存がきくアンチョビになる。が、港から都市に運ぶには冒険者を雇って貿易するのが一般的だ。その分、コストがかかる。


 差し入れはありがたいが、正直、反応に困る。


「高かったんじゃ」


 財布を取り出して、お金を払おうとするのだが。


「お金は大丈夫です。父がもらってきたものなので」


 そう言われたら、なにも言えない。今後、なにかでお返ししよう。


 3人でエーヴァさんの手料理をいただく。パスタは絶品だった。適度な塩分が完璧な配合で、海と山の幸がハーモニーを奏でていた。

 ラウラも舌鼓を打つ。大満足なようだ。


 食後。コーヒーを飲んでいると、エーヴァさんが口を開く。


「聞いてください。また、祈られてしまいました」


 半泣きになった彼女は。


 ――むぎゅ。


 なんと真正面から僕に抱きついてきた。

 髪から漂う柑橘系の香りが鼻孔をくすぐり、胸に当たる極上の柔らかさが、僕の意識を奪おうとしてくる。すげー。ラウラとはまた別の感触に感動してしまう。


「じー」


 妹が冷たい目を僕に向け、自分の胸をペタペタ触っている。


「お兄ちゃん、やっぱり大きいのが好きなんだ……」


 否定できないのが情けない。妹は後で機嫌を取ることにして、今は転職活動中のエーヴァさんを優先する。


「面接で落とされると、自分が否定された気がします」

「うんうん」


 僕はエーヴァさんの背中をさすった。腰まで伸びた髪が手に触れる。糸のような触り心地だ。慰めているはずの僕が逆に癒やされるとは。


「ふぁー、ラファエロさんのおかげで、落ち着いてきました」

「僕でよかったら、相手になりますから」

「ありがとうございます。転職活動は焦らずにやっていきますね。他のパーティーをお手伝いしながら」


 エーヴァさんがゆっくりと僕から離れていく。


 ところが、エーヴァさんの温もりが冷める前に、今度はラウラが僕の胸に飛び込んできた。

 再び柔らかいものが押し当てられ、僕の脳は大混乱を起こす。


 エーヴァさんは仕事上の付き合いであり、ラウラは妹。意識すること自体が問題である。


 なのに、どちらも感触が極上すぎて、若い肉体が雄叫びを上げそうになる。


 ダメだろ、僕。


 自分を戒めるが、かえって逆効果であることを思い出す。

 心理学的に、否定の命令文は良くないとされている。たとえば、『緊張するな』と思うと、逆に緊張するのだ。この場合、『リラックスしよう』が正解である。


 うん、気持ちいいな。リラックスしよう。

 などと開き直っていたら、エーヴァさんと目が合った。


「じゃあ、あたしはお料理を下げてきますので、妹さんと楽しみになってくださいね(ため息)」


 複雑な顔をしたエーヴァさんが立ち上がる。


 明らかに嫉妬している。

 うれしいけど、立場的には複雑な思いだ。


 それにしても、信じられない。異世界に心理学スキルを持ち込んで、美少女にモテるだなんて。


 勘違いだったら、恥ずかしすぎるけど。

 僕は銀髪の少女を観察しようとドアの方を見た。


 エーヴァさんがドアノブに手をかける。

 その時だ。ドアの先で、ドンと物音がした。


 驚いたエーヴァさんがつまずく。

 3枚の皿が宙を舞った。エーヴァさんは背中から床に転びかける。マズい。皿の落下コースは、彼女の顔だ。


「危ない!」「お兄ちゃん、任せて」


 ラウラが床を思いっきり蹴る。機敏に皿をキャッチ。エーヴァさんは転倒したものの、2次被害は防止した。


 だが、今度は別の問題が発生していた。エーヴァさんのミニスカートがめくれあがっている。太ももの奥に白い布がちらついていた。

 清楚な子だけに、白が似合うな。


 って、感想を言っている場合じゃない。見ちゃダメでしょ。

 視線をそらそうとするが――。


 ふと、あるものが目に入った。

 刻印だった。エーヴァさんの内ももに、何かの模様の刻印が入っていたのだ。


 過去に似たものを見たことがある。

 僕の勘違いでなければ、それは……。


「うぅうっ、見ないでくださいぃ」


 つい凝視してしまった。エーヴァさんが真っ赤になり、内ももをすりあわせる。


「ごめんなさい」


 失態だ。変なことを考えるのをやめ、素直に謝る。


「……少し安心しました。喜んでいただけたみたいで」


 エーヴァさんが羞恥と高揚が混じったような顔になる。


「お兄ちゃんたちラブコメしてる場合じゃない。そこに誰かがいるよ」


 ラウラがドアを開ける。青い髪の少女が立っていた。

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