第15話 妹の冒険(後編)
先生がエーヴァさんの前に立ち、盾で打突を受け止める。
わたしは胸をなで下ろしたものの、すぐに気を引き締めた。
棍棒の打撃が嵐のようだったから。オークの攻撃に吹き飛ばされまいと、筋骨隆々な先生が必死に耐えている。
やがてオークも疲れたらしい。攻撃の手が緩んだ。
その間に、先生はエーヴァさんに話しかける。
「大丈夫か?」
「はい。ありがとうございます」
「そっか。なら良かったと言いたいところだが、様子がおかしい」
先生がブロード・ソードを振るいながら言う。
「俺、何度もオークキングと戦ってきた」
オークキングは熟練の戦士による斬撃を、軽い足取りで回避する。
太ったオークたちの中でも、もっとも肥えた体格である。なのに、猫のようなすばしっこい。
そんなのあり? 文句を言いたくなる。
「本来、オークは物理特化、いわゆる脳筋なんだ」
敵は棍棒を上から振り下ろす。棒の先端が先生が掲げた剣とぶつかる――。
が、金属の音は鳴らなかった。オークが直前で手を止めたらしい。
脳筋モンスターは、棒を持つ手を引き寄せたかと思えば。
右足を前にして、踏み込んだ。
突きだ。ウソでしょ。オークがフェイントするなんて。
とっさのことに、さすがの先生も反応できない。
「きゃっ!」
エーヴァさんが悲鳴を上げ、手で目を覆う。
だが、先生の喉元の数センチ手前で、棍棒は動きを止めていた。
オークキングの背中にナイフで突き刺さっていたのだ。
「オークキングなんでしょ。ワタクシを楽しませてくれないかしら?」
ビキニアーマーをまとった女騎士さんが微笑んでいる。戦場に似つかわしくない妖艶さを放って。
爆乳でビキニアーマーといえば、見覚えがある。先日、広場にいた冒険者だった。
ビキニアーマーさんは3人の男を従えていた。
「俺たちも加勢するぜ」「おまえら、勝負しよう。シルヴァーナちゃんとのデート権を賭けて」「乗った。殺しまくってやる」
「あんたたち、ワタクシは雑魚とデートする気はないのですわ。
どうやら助太刀してくれるらしい。男たちはオークの群れを相手に戦い始めた。
オークキングは背後を振り返ると、女騎士さんを睨み。
「グルゥアァウアァウァウァ!」
怒りの叫びを上げる。女騎士さんに狙いを変えたようだ。
「その調子よ。パーティーの男どもじゃ刺激が足りなくて、満足できないのよね。ワタクシを攻めてくださいまし」
ビキニアーマーさんは両腕をぎゅっと寄せ、牛みたいな乳をさらに強調する。
だが、オークに色仕掛けは通用しない。棍棒を女騎士さんに叩きつける。
「バカっ、あんた」
先生が驚きの声を上げる。女騎士さんが避けようともせずに、泰然自若しているから。
女騎士さんに棍棒が直撃。うわっ、マジでヤバいんじゃ。
本気で心配していたら。
「いいわ。人間とちがって、パワーはあるわね」
女騎士さんはとろけそうな顔をしていた。
「あんた、あれを受けて、平然としているだなんて」
先生が目を丸くしている。
驚くのも無理はない。大柄の先生が吹き飛ばされないよう耐えていた。それほどの威力を、胸に形ばかりの金属をまとった女性が受け流したのだから。ビキニアーマーさんが謎すぎる。
「でもー、ワタクシを快楽に導くには、物足りないわー」
女騎士さんはため息を吐く。豊かな胸が上に動き、つられるかのようにパンチを打つ。オークキングは吹き飛び、数メトル後方の木に激突。あっけなく、敵のボスは転倒する。
すかさず、先生が動く。オークキングが立ち上がるよりも先に、首をはねる。頸動脈は弱点だったらしい。緑色の液体が噴き出す。一瞬だけピクリと痙攣したオークキングはすぐに動かなくなった。
ボスを倒したことで、味方が勢いづく。残りの敵は一気に減っていく。
冒険者が敵を半分ほど倒したところで、モンスターが逃げていった。
これが本物の冒険者の戦闘。ハラハラしたけど、興奮が冷めやらない。
今回は見ているだけで悔しい。わたしも早く前線で戦えるようになろう。
これから、どうやって修行したらいいのかな?
そう思っていたときだった。
「エーヴァちゃん、さっきのはなんだ? なんで、命令を無視した」
「……すいません、みなさんの役に立ちたいと思っていて、気づいたら」
「なんなの、この子。また、『平和』とか言うの?」
エーヴァさんがパーティーの人に責められていた。
「ちがうんです。今、『平和』は封印してますので」
「だったら、なんで勝手なことしたの?」
声を荒げている女性は背中に弓を背負っていた。前からエーヴァさんと折り合いが悪かった弓使いだろう。
「すいません」
「それに、あんた。もう少しで魔法が味方に当たったのよ。『平和』よりも仲間の安全が先なんじゃないの? マジで、消えろっての」
それから、エーヴァさんは謝るばかり。うつむいて、今にも泣き出しそう。
「あの人、先輩よね」「こんなに怒られるのかよ」
エーヴァさんは学校の先輩である。傍で見ていた生徒たちにも動揺が広がっていく。
見かねたリーダーの先生がふたりの間に割って入る。
「まあまあ、これぐらいにしといてやらないか」
「……先生か。なら、あーしの出る幕じゃないっしょ」
弓使いがぶつくさ言いながら、離れていく。
代わりに青年が先生に頭を下げる。
「……先生。うちのパーティーが迷惑をかけて、すいません」
「いや。元生徒だ。協力して当たり前だろ。それに……」
先生はエーヴァさんを見やる。
「彼女、混乱しているようだから、生徒たちと一緒に帰らせる。それでいいな」
「すいません。ご迷惑をかけて」
青年が謝罪する。しきり具合からいって、彼がブルーノさんだろう。
「いいって。卒業生が迷惑をかけたんだ。これも教師の仕事だと思ってくれ」
というわけで、予定を中止し、わたしたちは街に帰ることになったの。
森の入り口付近にオークキングが出たことを、ギルドのお偉いさんに報告する必要があったみたいだし。
帰り道。わたしはエーヴァさんをずっと観察していた。足元をじっと見つめ、ひと言も言葉を発さない。見ていて、痛々しかった。
放っておけなかった。お兄ちゃんに知らせなきゃって思って、急いで戻ってきたわけ。
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